ミモちゃんとドライブ (最終話)
【 1983(昭和58)年6月 20歳 】
1983年(昭和58年)6月5日、日曜日。その日は全国的に快晴。しかし気温はそれ程上がらず過ごし易い日だった。予想では今日のサプライズ大作戦の興奮のため夜は眠れないと思っていたのだが、前日のテニスサークルで疲れていたため、なかなかどうしてよく眠っていたようだった。午前7時。2つの目覚まし時計がほぼ同時に鳴り私は目覚めた。その目覚め方は徐々に意識が覚醒していくような緩やかなものではなかった。脳波が一瞬で最大に跳ね上がるがごとく、目は大きく『カッ!』っと開き、鼻息は『フンッ!』っと噴出し、身体は1秒後にはベッドから飛び出していた。もう、なんだかよくわからないが、
『俺はやるぞーっ!』
的な苛烈なオーラが身体の周りだけでなく部屋の外にまで漏れ出ていたであろう。恐らくはそのオーラの凄まじさにアパートにいたネズミや付近の小鳥といった小動物は群れを成して逃げて行ったに違いない。もし仮にその異変を偶然通り掛かった地震予知学者が見つけていたら大騒ぎになって町はパニックになっていたかも知れない。そうなれば今日のサプライズ大作戦は決行不可能になってしまう。近所に地震予知学者がいなくて本当に良かった。
先ず起床すると同時に朝食をとる。電気炊飯器に残っていた冷や飯、内釜をそのままどんぶり代わり、昨夜作ったタマネギが異常に多い味噌汁の残りをこれまた冷めたままぶっ掛けて大きなスプーンで飲むようにかっこんだ。そして2度顔を洗い、普段の倍量の歯磨き粉を使いブラッシングし、髭を剃り、髪を整え、お気に入りの服を着、とっておきのカセットテープ3本を手に取り駐車場に向かった。
またまた改めて車に見惚れる。昨夜念入りにワックスをかけていたので赤い彗星はピッカピカだった。私はシートに身体を放り込み、クラッチを踏みエンジンキーを回す。
『ギュズヴヴヴヴォーンキュルキュルヴヴヴヴォーン』
一発でエンジンが掛かる、が、相変わらず自己主張の強い音だ。これですべてよし。準備はすべて整った。私はアパートを出発しミモちゃんの待つ一畑電鉄松江温泉駅に向かった。ルートはまた宍道湖北岸、一畑電鉄と並走する国道431号線。いままで飽きる程走ったこの道も車で通るのは初めてだった。車高の低い車だけにいつもと景色が随分違って目に映る。またまた感慨深くなる。今日は夢にまで見た日。穏やかな宍道湖を見ているとなんだか泣きたくなるくらいだった。既に松江温泉駅まであと少し、
『近づいてくる…近づいてくる…近づいてくる…。』
『ドキドキする…ドキドキする…ドキドキする…。』
私の呼吸は次第に大きく荒くなっていた。このままでは過呼吸してしまいそうだ。気をつけないと困ったことになると心配していたら遂に松江温泉駅に到着した。私はひとまず駅前の自家用車待合駐車スペースに停車。時計を確認したら8時30分。まだ約束の9時には30分も早い。とりあえず気持ちの高揚とそれに伴う呼吸の荒さのために喉が渇いていたので缶ジュースでも買おうと車を降りたところ…
「えっ…えっ…研…ちゃん…。」
まさかの展開だった。車の右ドアを閉め鍵を掛けようとしたその瞬間、車の左側少し後方に今まで見たことがない大きな目で驚く表情をしたミモちゃんが立っていた。口は両手で塞がっていた。
「んっ…。えっ…。」
不意を突かれた私もミモちゃんと目が合ったまま立ち尽くし、言葉を失い、身体は硬直した。もう金縛りにあってしまったようだった。そして事態の収拾がつかない2人は暫く無言のまま何故か、
「うん…うん…。」
と首を縦に動かし2~3度頷いた。その後ようやく、会話を交わし始める。そのトーンは恐ろしく低いものだった。
「おはよう。」(私)
「うん。おはよう。」
「早かったね。」
「うん。」
「ははっ! 驚いてる?」
「うん。ものすごく…。」
「俺も驚いた。」
「え? 何で?」
「だって…驚かせるつもりが…先に見つかったし。」
「そうか…それもそうだね。ね…ところで…。」
「んっ? 何?」
「この車って…えっ? どういう事?」
「えっ? どういうって?」
「だからどうしたの? 借りてきたのかな?…とか…。だっていきなり過ぎて何がなんだか分からないんだもん。」
「あっ…ああ…そういう疑問…。うんまあ…そう思っても仕方がないか…うん…では改めて…。」
「はい。」
「買ったよっ! これがっ! これから2人で乗る車っ!」
私がそう言った後、ミモちゃんは向日葵のような笑顔を爆発させ、私の左右の手をそれぞれ握り飛び跳ねながら
「すごい! すごい! すごぉ~いっ!」
「研ちゃんすごいっ! やったねっ! ほんとにやったんだねっ!」
「カッコいいよ! ものすごくカッコいいっ!」
「ありがとう。待たせたね。」
「うん。でも…私…正直なところ…私から望んだことじゃなかったけど…でもすっごく嬉しいっ!」
「…その言葉が聞けて…俺も嬉しい…。」
「ねえ研ちゃん…これって…私の為にって思っていいの…?」
「もちろん! ミモの為に頑張った。」
私がそう言うと、ミモちゃんは急に下を向いてしまった。泣いてしまったようだ。
「ミモ! ほらこっち向いて。ねっ! ところでこの車はどう?気に入った?」
私がそういうとミモちゃんはカバンからハンカチを取り出し、顔を押さえながら、
「すごくカワイイ。色もキレイだし、今まで見たどの車よりもカワイイしカッコいい。」
「ほんと?」
「うん。本当にそう思ってる。何て名前の車?」
「スズキのセルボ。イタリア語で牡鹿って意味らしい。イタリア人の有名なデザイナーのデザインらしいよ。」
「ふ~ん。何か他の車と雰囲気が随分違うね。」
「個性的でいいだろ?」
「うん。それに色もすごく似合ってる。」
「そう。そこでね。俺はコイツを “赤い彗星” って呼ぶことにしてる。」
「え~っ! シャア? キャスバル兄さん?」
「そう。キャスバル・レム・ダイクンである。」
「キャーッ! キャスバル兄さんっ!」
「それとね…いや…もういいか。何か飲み物買ってくるけどミモは?」
「私も。」
自動販売機で私はスコール、ミモちゃんはファンタグレープを買い車に戻った。私は助手席のドアを開けミモちゃんをエスコート。
「どうぞ。ここに座るのはミモが最初。」
「え~っ。ヤッターッ! ありがとう。」
そして私も乗り込み。行先を告げる。
「じゃあ鳥取砂丘に行くぞ。」
「ええーっ。そんな遠くまで。」
「うん。大丈夫。行くよ。」
私はエンジンを掛け、ギアをローに入れ、アクセルを吹かし大きく叫んだ。
「アムロ! 行きますっ!」
「ええ~っ。キャスバル兄さんと違ぁ~う…。」
お終い
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