路上(公道)練習の前に

【 1983(昭和58)年4月 20歳 】



 前にも書いたが、仮免に合格するということは、もう免許はゲットしたも同然。私は周囲からはっきり見て取れる程有頂天だった。いや鬱陶しいくらい調子に乗っていた。いやいや実際に鬱陶しかったであろう。学内やバイト先で知人に会う度に仮免合格の話を喋りまくった。興味があるかないかなんて関係無い。相手が話す内容など無視して自分の100日戦争(約100日の仮免受験)の武勇伝(実際には情けない戦い)を源義経の八艘飛びが如くドラマティックに有ること無いことを付け足しながら饒舌に最初から最後まで聞かせていた。なかなかの時間を要する話だけに、聞かされる者が大変だったのは言うまでもない。人によっては本当に迷惑だったであろう。しかしその中で一人、親友である藤川の一言が私を正気に戻した。

「学科試験はまだか? それはいいとして、路上(練習)はどうするんだ?」

嗚呼そうなのだ…。いかに生まれながらのちょーお調子者の私でもわかる難関問題があった。それが、『路上練習』だった。
 いまのところ免許取得のための支出額は3万2千円。あと最低限として学科と実技試験2回分の試験費用で事は成就する運びなのだ。だがしかし、法令上仮免を合格して後、免許取得後3年以上のドライバーが同乗し、最低10時間の路上練習を実施しなくてはならない。自動車学校では当然ながらその練習はカリキュラムに入っていて費用も勿論含まれている。だが、私は違う。受験会場に隣接する件の練習場に申し込めば難なく練習は行えるものの、単純に

2000円×10時間=20000円

この費用がどうしても許せない。そもそも一発試験を受けるような者共は『金銭的余裕がない』若しくは『金銭に対する執着が通常でない』という理由からそのような手順を踏んでいる事が多く、当然ながらこの時の私も、その2万円という莫大な費用を支払わないで済むなら、何とか支払わないで済まそうと考えていたわけである。

 ところでもう一度私の状況を説明しておこう。そもそも私の実家に車は無い。両親と姉(私を含め4人家族)の誰も免許を持っていない。もし実家に車があり父親がベテランドライバーであったならば路上練習の条件は満たされ、先の問題は簡単に解決できるのである。しかし、それどころか私の場合、家族に内緒で免許を取り車を購入しようとしている。その内緒の理由は家族をいい意味で驚かせるといったファンタスティックなものでは決してない。免許取得費用を親から捻出してもらう友人や先輩。場合によっては車まで親から提供される友人や先輩。そういった天上人と私の生まれ星は大きく異なる(もちろん同胞も多いが)のである。もし私が家族の前で、

「車欲しいからバイトして買う。免許も自分で何とかする。」

などと発言したら反対されることは火を見るより明らかだ。その理由は簡単。両親は車の維持費と事故に対して懸念を持っている。だからそれを全面的に押し出してくるであろう。もちろん怪我の心配もあるが金銭的な心配も大きいからだ。まあ、実際親の反応としては当然といえば当然である。それに仕送りを受けている以上偉そうな事を言える身分ではない。が、裕福でない家庭の実情を知っている息子だからこそ、己の目的を己自身の力で成す努力をしている事を理解して欲しかったのである。(今思えば、何故その精神が勉学に向かわなかったのか…)
 ちょっと話が逸れてしまったが、つまりは路上練習を行うにあたり、実家に車がないということが非常に大きな問題なのだ。ああ、それにしても天上人たちが羨ましい。
 さてさて…少々難題にぶち当たってしまったが、そのことは後にしてとりあえず本チャン(本免許学科試験)を受けなければならない。これに合格しておかないと路上練習のスタートすら切れない。
 ただ、本免許学科試験などと大袈裟なことを言っても私も現役の大学生である。優秀な学生とは間違っても言えないが、年がら年中試験というものと対峙している。こんな風に言うと怒られるかもしれないが、勉強が正真正銘苦手なヤンキー系のお兄ちゃん・お姉ちゃん達や記憶力に衰えが始まりつつある中年以降のおじ様・おば様方でもそこそこ合格する試験に、現役の学生が落ちるわけにはいけないのである。
 っということで、落ちると恥なので2日間ほど真面目に勉強し試験に臨んだ。さすがに現役大学生はひっかけ問題には強い。真面目一筋で正直に生きてきた美しき日本人はこの手の問題に騙されやすいが、現役大学生はテスト問題に対して懐疑心が日常から育まれている。なので後は一通りの交通法規を覚えておけば心配するレベルではない。
 結果は一発合格。すいすいすぅ~いっと次に進もう。(でも実際はギリギリ合格だったのではないかとハラハラしていた…。)

《現段階での免許取得のための費用は34000円である》


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