ご褒美

【 1983(昭和58)年4月 20歳 】



 必要な手続きを済ませた私は、早速試験場内にある公衆電話で松江の自宅にいるミモちゃんに報告した。

「ミモ! 通った! 通った! 合格した!」

「えーっ、ほんと? 良かったね! 頑張ったね!」

「うんうん…。やっと…。」

「おめでとーっ。ところで今どこ?」

「まだ、試験場。どうしたの?」

「私、今日…授業が休講。お昼から授業がないの。」

「そうか、それなら今からそっちに行く。」

「うん。気をつけてね。」

私は松江に向かった。ミモちゃんの家に着いたら彼女は家の前で待っててくれていた。

「おめでとーっ! 頑張ったね。」

「うん。でも13回も…嬉しいけど恥ずかしい…。」

「ううん。途中で諦めなかったのは凄いよ。偉いよ。」

「ありがとう。ドライブ…もう少し待っててね。」

ミモちゃんはやっぱり私の天使だ。

「ところでこれからどうしよう?」

「どこか少し遠出できるね。」

「境港行こうか? 天気もいいし。2時くらいには着くよ。」

「あっ! うん! 行きたい!」

ミモちゃんのお家にバイクを停めて、松江駅行きのバスに乗った。駅前のパン屋さんでタマゴサンド、やきそばパン、そして肉まんを買い鳥取方面行きの電車に飛び乗った。向かい合わせの座席でパンを食べながら楽しい会話が続く。
 途中、中海を左手に電車は走る。大根島も見えた。もうすぐ私の育った米子だ。そこで境線に乗り換える。20分程度待たされ、各駅停車でゆっくり弓ヶ浜を北西方面へ進む。ローカル線なので乗客は疎らだ。浮かれまくっていたので、私達は誰も見ていない隙を見つけては何度もキスをした。右手は美保湾。日本海。直接海は見えないが、その色を反映しているせいか、空がとっても青く澄んでいた。遠くまでずっとそうだった。そうこうしていると境港駅に到着。予想通りミモちゃんの家から2時間くらいだった。
 駅を降りると、何の考えもないまま境水道沿いをミモちゃんと手を繋ぎながら東に歩いた。左手の対岸までは300mくらい。この真ん中のラインが島根と鳥取の県境。そう、対岸は松江市だ。水深も結構あるようで程々大きな貨物船も行き来している。外海からは少し入り込んでいて、おまけに北風は島根半島が防いでいるから冬でも川の下流ように穏やかだ。しかも今日は天気もいい。広島県の尾道もなかなかだが、この境水道もとても美しい。『水木しげるロード(当時はない)』がなくても(別に否定している訳ではないです)十分に行く価値のある場所だ。とにかく、日本人の心を揺さぶるノスタルジアがそこにはあった。
 何度か船の汽笛を聞きながら1.5kmくらい歩くと目の前に境水道大橋が私達の眼前に迫っていた。するとミモちゃんが、

「ねえ、あの上からの景色って綺麗なのかな…?」

と言った。もちろん何気なく言ったのだろう。この橋はその姿自体も美しく境港市の観光名所の一つにもあげられる。だからミモちゃんがそう言ったことも理解できる。ちなみにこの橋は昭和47年完成で、全長709m、水面からの高さ40m、鋼鉄製の3連・上中下路式・曲弦トラス構造の橋ということだそうだ。

「行ってみようか?」

「うん。」

具体的な目的を持った2人は早足で歩いた。ただ、心配なのはそこが徒歩で渡れる橋なのかどうかだった。でも、天然のミモちゃんはまったくそういった心配はしていないようだった。
 境水道に沿って橋に近づくと、橋は既に10mくらい高架になっていた。もっとかなりの距離を南へ行かないととても歩行者がアプローチできる雰囲気ではなかった。ちょっと心が折れる。いくらミモちゃんと楽しく話しながらとは言え駅を出て既に30分くらい、既に2km以上は歩いていた。

『やっぱり歩行者はダメなのかな?』

と不安が蒸し返す。ただ、せっかくここまで来たのだからと思い、橋に沿って南進すると7~8分で待望の看板を見つけた。幸運なことに案外近かった。

『注意 歩行者は危険ですので必ず歩道を通行してください』

っと言うことは…

「やったーっ! 歩いていいんだーっ!」

ミモちゃんと私の体力は復活し意気揚々と橋の歩道を登っていった。ただ、さっきの看板に書いてあったが歩行者にはなかなか難がある橋だった。確かに歩道はある。車道より高く段差があり専用の歩道がちゃんと造られていた。が、それが滅茶苦茶狭い。とても2人並んでは歩ける幅ではない。大型トラックが通ると結構なスリルを味わえるレベルだ。当に看板に偽りはなかった。必ず歩道を歩かないと大変なことになるであろう。いやいや、看板の注意喚起以上に危険な雰囲気がそこにはあった。仕方がなく私が前に、ミモちゃんが後ろに並んで歩いた。
 それにしても歩いてみるとこの類の道(橋)はなかなかに面白い。南の境港市側は標高がほぼ0mに対し北の松江市側は50m。なので南から北へ向かう場合、歩くほどにだんだん地上から高くなっていくのだ。境水道は大型船も航行するのでなかなか半端ない高さだ。
 そんな高さの橋にもかかわらず欄干は実に低い。男性としては小柄な私の胸よりも欄干は低かった。これはなかなか怖い。それでも歩道が広ければ欄干から離れて歩けばいいのだが、残念ながら先程の説明通り歩道は異常に狭かった。普通に歩けば欄干に身体が当たるくらいの狭さだ。左肩の10cm程外はビルの中~高層階の高さの空間である。ちょっと大袈裟だが、感覚的にはジェットコースターのコースを歩いている気分になる。まるで鳥の視界、非日常の景色が目にと飛び込んでくる。
 やがて歩道入口から600mくらいのところで橋は地上から海上(境水道)区間に差し掛かった。2人は更に興奮した。

「研ちゃん! 海! 海! 海の上ーっ!」

「うんうん。とうとう来たね。」

「でも怖ぁ~い~っ!」

ミモちゃんは凄くハイテンションだ。無理もない。この橋は最高地点が海抜40mだから、もう恐らく25~30mくらいの高さはあるだろう。ビルでだと10階くらいだろうか? またビルと最も違うところは橋の下は何もない空間であるということだ。しかも先程も言ったが欄干の高さは胸よりも低い。これはなかなか怖い。外を覗き込めばお尻が『キュッ』っとなるロケーションである。

「ねえ…研ちゃん…。」

「んっ! どうした?」

「手…。」

そう言ってミモちゃんは手を差し出してきた。あっと気が付き私は即座にミモちゃんの手を掴んだ。緊張のせいか、ミモちゃんは強くギュッと私の手を握りしめていた。私は何とかミモちゃんの緊張を解そうと、

「ねえ。キリンってどの動物と近い生き物か知ってる?」

「えっ! キリン…?」

「うん。キリンは何と同じ仲間なのか?」

「え…っと…馬…?…鹿…?…んん…?」

「ほら。キリンの顔をよく思い出してみて。」

「顔…。」

「まつ毛が長くて目がパッチリしてるだろ。」

「うん。うん…やっぱり鹿かな…。」

「違いま~す。」

「ええ~っ。わからない。教えて。」

「もうギブアップ?」

「はい。ギブアップです。」

「正解は…ラクダでした。」

「あっ! 確かに雰囲気似てる。」

「ねっ! 目とまつ毛がそうでしょ。」

「うん。」

「じゃあ次。」

「ええ、また。」

「はいはい。文句言わない。」

「マンボウは何の仲間でしょう?」

「今度はマンボウ。」

「そう。これはちょっと難しいかも。でもやっぱり顔。」

「顔…マンボウの顔…。」

「あんまり精悍じゃないだろ。ヌボーッとしてて。」

「ええーっ…そう言われても…ヒント! ヒントちょうだい。」

「ヒントか…う~ん…そうだな…鱗(ウロコ)がない。」

「鱗…。」

「あと…大ヒント! 高級魚。」

「あーっもしかして…。」

「うんうん。そう。」

「ふぐ?」

「正解ぁ―ぃっ!」

「確かに似てる。そうなんだ。」

「どっちも意外でしょ。」

「うん。」

どうやらミモちゃんの緊張はかなり緩和されたようだ。狙い通りである。そんなことをしていたら徐々に最高地点に近づいてきた。

「もう少しだから行こう。」

そう最高地点であり、鳥取・島根両県の県境まであと150m程。確かにちょっと怖い。けどここで引き返すのはもったいない。ミモちゃんは私の手を強く握っていた。2人は妙な高揚感を纏いながら足を運ぶ。

「大丈夫?」

「うん。」

「着くよ。」

「うん。」

カウントダウンするように『あと何歩』と足を揃える。

「3・2・1…。」

「うっしやーっ! 島根け~んっ!」

「島根だーっ!」

「海の上だけど島根だーっ!」

「でも一歩戻れば鳥取だーっ!」

「あははははっ!」

 今2人の眼前には、それはそれは美しい境水道の風景が広がっていた。青い空。碧の海。木々の生い茂る山(半島)、優しい太陽。清々しい風。静かな町並み。全部が揃っていた。2人は暫く話をすることもなく、この場面に酔っていた。しかし私のお尻は相変わらず『キュッ』っとしていた。そして、

「あっちも見よう」

「うん賛成。」

橋の反対側へ車道を横切り景色を楽しむ。橋から西を望めば左手に島根半島。その6~7km先端は美保関。右手は境港市の岬(?)が2kmくらい。その先は日本海が鳥取県の海岸線と並んで見える。日本海のずっと先は空と色が溶け合ってわからなかった。更に右を望めば山陰で最もその名を知られた伯耆大山が見える。まだ山頂付近は白い雪で覆われていた。とても充実した時間だった。気持ちが良くて、楽しくて、小さなお出かけデートだったがそこには大きな幸せがあった。そして5分くらいだろうか? しばらく何も話さず並んで景色を見ていた2人に突然車のクラクションが襲う。

『ビッ! ビーッ!』

驚き振り向いた私の視界に飛び込んできたものは一台の車。白の日産スカイライン。言わずと知れた日本を代表するスポーツカー。その5代目に当たるC210型・通称ジャパン。当事の若いお兄ちゃん達の憧れの車だった。

「おーいっ! 玖津木ぃーっ!」

その何とも羨ましい車窓から顔を出した人物は1年先輩の寺石さんだった。

「えーっ! 先輩! こんなところでどうしたんですか?」

「アホか! こんなとこ歩いている奴に言われたくはないわっ!」

至極ご尤もな話である。

「まあいい。よかったら乗るか?」

それも尤もである。こんな橋の上だ。駐停車は禁止である。これ以上長く車を停めておくこともできない。それに景色には大満足であったが、予想外の距離を歩き、疲れ果てたミモちゃんと私には当に救いの一言であった。
 ところで寺石先輩は松江から宍道湖南岸沿いに7~8km程の美人の湯で有名な玉造温泉付近に住んでいるのだが、彼女の翔子さんとドライブでよくこの境港に来るらしい。そこで、

『こんなところ歩いてる物好きな奴がいるな…。』
『あれっ…何か…こいつら…。』

っと偶然にも私達を発見したということだ。私は今日の出来事(仮免合格)と何故境水道大橋を歩いていたのかを先輩に話した。13回の挑戦と前半の悪夢、それにバイトのことも…。車内の会話は大いに盛り上がった。翔子さんはただ驚くばかりで、

「えっ! ホントに…? えっ?」
「ふ~ん…そうなの…。それにしてもよくやったわね…。」

っとしみじみと言われた。そんな風に扱われると、なんだか褒められてるのか…そうでないのか…ちょっと微妙な気分になった。それはそうと、車は橋を渡り切り島根半島南岸を東に進んでいた。

(寺石)先輩。どこに向かっているんですか?」

「んっ。美保関灯台。」

「えっ! そこは…ちょっと…。」

「ああっ? 何かあるのか?」

「どうしたの? 研ちゃん?」

「いや…その…すみません先輩。車停めてもらっていいですか。」

「ああ…。」

私は一旦車外に出て、寺石先輩にも出てきてもらった。ミモちゃんに話の内容を聞かれたくなかったからだ。

「先輩すみませんっ!」

「何? 何? 一体どうした?」

「いや…実は…美保関灯台は車を買った時、自分でミモ(ちゃん)を連れて来たかったんです。」

「おおっ! そうかっ! そういうことかっ!」

「はい、すみません。」

「いや、オマエ…それいいぞっ! いいっ!」

「ありがとうございますっ!」

「うんうん。そういうことなら灯台は止めた。オマエが連れて行ってやれ。」

「はいっ!」

「ところで宮森はこのことを知ってるのか?」

「いえ。まだ言ってません。」

「そうか…まあいい。後は任せろ。」

「はいっ!」

車に戻り、寺石先輩は一言、

「予定変更。七類に行くぞ。」

その一言に対し女子達は何も言わず笑顔で、

「はーいっ!」

っと答えた。あまりにも自然に受け止めていたため、私はそれを不思議に思い後でミモちゃんに聞くと、車の中で待っている時に翔子さんが、

「こんな時の男の子のすることは信じてあげた方がいいよ。玖津木君なら大丈夫って思うでしょ。」

っとミモちゃんに話していたらしい。なんて素敵な女性なんだろうか。ともかく日本海の大パノラマが素晴らしい美保関灯台を目前で取り止め、七類に向かうことにした。七類とは古くから栄えた港。境港から見て島根半島を縦断して真北にあった。山陰には珍しくカーフェリーが行き来する港である。行き先は隠岐の島々。とても風光明媚な入り江の風景が広がる。
 もちろん船には乗るつもりはないが、私達4人は車を降り隠岐汽船の建屋を覗いてみた。すると一地方の田舎の港、しかも平日にもかかわらず、そこは多くの人で賑わっていた。どうやらほとんどがパッケージツアー観光御一行様のようだ。そう言えば観光バスが2台あった。なんだかんだ言っても隠岐はなかなかの観光地なのだと感心した。そういう状況なので待合所はもちろん売店も活気があり、出入口辺りで干物や貝を焼いている出店(屋台)には行列までできていた。それを見た寺石先輩は、

「おい玖津木。アレに並べ。」

「はいっ?」

「いいから並んで来い。」

「はい。」

私が列に並ぶと、次に先輩はミモちゃんを呼び、

「玖津木に渡してきて。」

っと2000円を手渡した。先輩がちょっとカッコをつけてたのはミエミエだったが、やっぱりそういうのは総じて男前に映る。男性としてはそうありたいものだ。あれこれ悩み、ちょっと小振りではあったが、サザエとハマグリがたっぷり盛られた紙皿を1200円でゲットした。一方、寺石先輩は入り江が見えるワンダフルなベンチを占拠。そして翔子さんがタイミングよく飲み物を持ってくる。ところで気がつけば翔子さんだけが缶ビールだった。

「とりあえず乾杯ぁ~いっ!」

「玖津木! 仮免おめでとーっ!」

「ありがとうございまぁーすっ!」

っと、そこに見事なタイミングで、

「ボォゥォーッ! ゥォーッ! ゥォーッ!」

カーフェリーの汽笛が入り江いっぱいにこだました。4人とも虚を衝かれて一瞬息をするのも忘れ、皆それぞれ目を合わせた途端、

「あっはっはっはーっ!」

「最高ーっ!」

と、乾杯をやり直し大いに盛り上がった。それはそうと寺石先輩、ミモちゃんそして私の3人はサザエのグルグルしたワタ(内臓)が苦手だったが、翔子さんだけはそれを堪能していた。

「このグルグルがダメな人はサザエを食べる資格なんてないのよっ!」

翔子さんのこの言葉の暴力には、3人が束になっても敵うものではなかった。しかし、当の翔子さんがグルグルを独占して超満足していたのだから、我々3人が責められることは少々腑に落ちない。しかも1人だけ缶ビール。大人っぽい先輩から暴君女王に見えてきた。
 その後4人は暫く他愛のない会話で盛り上がった。贅沢なご馳走、素晴らしい景色、穏やかな天気、汽笛のサプライズ、愛する彼女とのデート、仲間、仮免からの開放、すっごく楽しくて幸せな時間だった。

「ところで、俺ら(寺石先輩達)はそろそろ帰るけど、お前等らはどうする?」

「そうですね…境港の駅に送っていただけると助かります。」

「そこから電車で帰るのか?」

「はい。」

「宮森。確か松江だったな。」

「はい。松江温泉駅です。」

「それなら松江温泉駅まで乗っていけ。」

「えっ! いいんですか?…ありがとうございます。」

「いい、いい。こいつ(翔子さん)も松江だから全然問題ない。」

「ありがとうございます。それならお願いします。」

というわけで、我々は七類港を後にした。ルートは少々遠回りになるが特に急ぐ時間でもないため、弓ヶ浜を通り米子を経由し国道9号線を西に進んだ。そして松江温泉駅まであと3~4kmというところ、信号待ちしていると左手に大きな中古車店があった。私が展示車を『じと~っ』と舐め回すように見ていたら寺石先輩はおもむろに左ウィンカーを出し中古車店に入った。

「ちょっと付き合ってやる。見たいんだろ。」

「あっ! ありがとうございます。」

いやあ…先輩…粋です…。
仮免を取ったからにはもう免許も取れたも同然。なので自然と中古車を見る私の目も以前とは比べ物にならないくらい熱を帯びていた。ただし、初期費用はともかくランニングコストを考えるとやはり軽自動車以外は考えられない。私はミモちゃんの手を引き、普通自動車を完全スルーし軽自動車の並ぶスポットに足を運んだ。

「研ちゃん。この車可愛い。」

「んっ? これか?」

「何ていう車?」

「スバル360。」

「すっごく丸くって小さいね。」

「テントウムシって愛称らしいよ。」

「へぇ~っ…。」

「(フォルクス)ワーゲンって知ってる?」

「うん。外車でしょ。あれも可愛いね。」

「ワーゲンは『ビートル(甲虫)』って愛称で、それに対抗してるみたい。」

「ふ~ん。」

「さすがに古すぎるかな…? 1968年式か、15年前か…。」

「でもすごく安いよ。11万円って書いてある。」

「だめだめ。15年だし、走行距離も98000km超えてる。故障のリスクが大きすぎる。」

「ふ~ん。なかなか難しいね。」

「うん。でもやっぱりプロでもなければ本当のところはわからないけどね。いろいろ勉強中。」

「大学の勉強はしないくせに…。」

「いやぁ…今はソレ…ねっ…堪忍してください。」

そんな話をしていたら、どうもミモちゃんが別の車に気を引かれたようだ。

「研ちゃん。この車もかわいい。」

「ああ、これはミラって言うんだよ。」

「ミラ?」

「うん、ミラ・クオーレ。ダイハツの車。」

「これかわいいっ!」

「うん。確かにいいんだけど…。」

「何?」

「値段見た?」

「あっ! 53万円もする。」

「これって、人気あるんだけどまだモデルチェンジしてからそんなに経ってないからね…。中古車で展示されているのも珍しいくらい。ほら、まだ初年度登録から1年も経ってない。」

「本当だ。」

「実際はその値段に諸経費やらが最低でも5万円以上かかるから無理。」

「ふーん。中古車ってなんか難しいね。」

「そうだね。いろんな経緯でここにあるわけだからね…。」

まあ実際、新車同様の車が中古車として並んでいるのには色々な理由がある。事故車であったり、買ってから気に入らないという理由で手放す贅沢者がいたり、結婚や離婚と関係してたりと様々である。
 ところでミモちゃんが何台か選んだ傾向から好みがやっぱり『カワイイ車』ということがわかる。これは勿論予想通りであり、有り難い反応である。と言うのも、今も昔も軽自動車に『カワイイ』は有りだが、『カッコイイ』を求めるのは酷である。例外的にそういうカテゴリーの軽自動車もあるにはあるが、それでも所詮『軽』では王道のカッコよさには敵わない。だからミモちゃんがカワイイ車を気に入ってくれると軽自動車を買う予定の私としては有り難い。因みに色も赤がお好みのようだ。
 寺石先輩の計らいで立ち寄った中古車店。ミモちゃんの好みを確認することができたのは大きな収穫であった。

《現段階での免許取得のための費用はやはり32000円である》


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