楽勝のバイト

【 1982(昭和57)年11月 20歳 】

 やがて12月の下旬。試験期間も終わり冬休みがやってきた。前田と私は相変わらずバイトに励む。特に重要な予定が無い限りは毎日働いた。ところで、出雲電子の仕事は基本2人で1つの作業机で行う。前田が来てからというもの、私のパートナーはもちろん前田だった。で、私がバイトを始めた当初のパートナーであった新藤という男なのだが、実は彼は非常にこの仕事が不向きな男なのであった。その理由は明白。彼は地味な仕事を続けると睡魔に勝てない男なのだ。先にも書いたが、余程のことが無い限りは岡本(ロバ)さんはバイトを叱る事はない。ただ、ノルマに達しない者に対しては淡々と減給というペナルティを課すのみである。しかしながら、新藤のノルマ達成率はあまりにも低かった。酷い日は30%くらいのこともあった。岡本さんとしても新藤にペナルティを課すのが目的ではなく、出荷する製品を納期に間に合わせることが仕事なのである。だからその観点から言えば、新藤は不要な男だと言っても過言ではなかった。私を含めバイト連中は、『いつ新藤がクビになるか』を心配していたのであだった。
 そこで岡本さんは新藤に新しい仕事を与えることになる。新藤をクビにするのは可哀想と見て、本来はバイトにはさせずに社員が行う別の仕事を充てたのである。そう『あまり眠くならない仕事』である。どうやら前々から上司に相談し許可を得ていたようだ。なんと優しい人であろうか。そして岡本さんはその仕事にもう1人必要だということで何故だか私を指名したのである。

 私は少し納得できないまま新藤と2階の作業場に上がった。初めて入る部屋だ。そこには高さ1m50cmくらいの子供用の滑り台のような形の機械が2台あった。岡本さんが言うには当時の金額で1台1億5千万円ということだった。そこでまず岡本さんは新藤を待機させ私を別室に連れて行った。そこで、

「玖津木君、悪いな…。」

「えっ?」

「何でここに呼ばれたかわかるか?」

「いえ…。」

「さっきも言った通りここの仕事は基本的に社員がするのだけど、はっきり言って新藤だけだと不安なんでね。」

「あっ…はぁ…。」

「わかるか? 新藤君がミスしないように頼むわ。」

「あ…そういうことですか…わかりました…。」

つまり岡田さんは新藤に温情を持ってはいるものの、仕事に関して信頼はしていないわけだった。そこで新藤の以前のパートナーであり、仕事を正確にこなす私を御目付役として抜擢したわけである。で、仕事というのが、大型LSIのエイジング。例の高額な機械と周辺装置でLSI製造の最終工程を行うのである。その作業が1階で行う検査と比べ…

『楽勝ーっ!』

の内容であった。さすがバイトではなく社員が独占していた仕事。決められている通りに運用すればストレスをほとんど感じず、また、眠気など微塵もない。ただ超高額なこの機械は全工程がオートメーション化されていたわけではなく、少々人手を必要とする。その上で可能な限りノンストップ状態を維持しなければならないというのが課題であったのだ。そう、この種の機械は数年で型遅れになる。2台で3億円の機械だから例えば5年で償却する場合1年間で6000万円。1年365日だから1日当たり約164000円。1日は24時間だから1時間当たり約6830円。ついでに1分当たりなら約114円。それだけの金額の元を稼がないといけないわけである。消耗品の補充ができていなかったり、流れてきた製品をタイミングよく取り出さなかったりして自動的にストップした状態に気付かずに10分間放置したらそれだけで1140円の損失である。もちろんその10分間で生み出せたLSIの納入数も減るわけだから、更にその分の損失が加算されることになる。作業そのものは楽なのであるが、なかなかに責任重大な仕事ではあった。しかし私は岡田さんの期待に応え、バイトを辞めるまでミスをすることなくやり通したのであった。よくよく考えると、私は新藤のおかげで楽な仕事にあり付けたのかも知れない。


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