免許ゲットに向けて

【 1983(昭和58)年1月 20歳 】



 冬休みが終わり、正月気分も終わる頃だった。出雲電子でバイトを始めておよそ3ヵ月。私はアパートで1人ニヤついていた。その理由は貯金通帳。なんとそこには43万円の残高が記載されていた。当初4ヶ月で50万円を貯める計画であったが、なんと3ヶ月で43万円。予想以上の成果であった。おそらくバイト以外は睡眠しているか部屋でミモちゃんとまったりしているかだけだったので、結果、無駄遣いを殆どしなかったことになる。だからこれほど順調に行ったのだろう。あと7万円。今までのペースだと2週間もあれば達成できる。
 そこで私は次の段階へ向かうことを決意する。出雲電子の出勤日を週に4~5日から2日程度に減らし、いよいよ普通自動車一種免許の取得に乗り出すことにした。とは言っても20万円くらいかかる自動車学校(教習所)には行かず、松江にある島根県免許センターで一発試験(飛び込み試験)を受験し、大幅に費用を削減する計画なのである。上手くいけば3万円未満でゲットすることも出来る。
 だがもちろん自動車学校に行かない故のリスクもある。それは『保障がない』ということだ。いわゆる自動車学校と言うのは各都道府県公安委員会の公認を受けて営業しているわけである。言わずもがな『民営』ということだ。だから自動車学校は、生徒(お客様)が免許を取るためのお手伝いをし、その報酬として金をいただくという商売をしている。必然、生徒には親切・丁寧な指導が求められ、最低限の技能さえあれば検定時も少々お目こぼしがあり生徒を合格させるような自動車学校の方が流行るということだ。変な話だがこれは尤もなことだ。つまり長々と何がいいたいのかというと、20万円くらい払えば、まず間違いなく免許は一定期間内に取得できるということである。しかもお客様なのでストレスも少ない。それに比べて一発試験は何度・どのくらいの期間で合格するという見通しがまったくたたない。仮に私が自動車学校で合格出来る位の技能を持っていたとしても一発試験では何度検定を受けても落とされることが当然のようにあり、場合によっては時間も費用も自動車学校のそれを上回ることもある(島根の場合、余程運転に向いていない限り滅多にはないが…)。
 ただ当時、島根県免許センターのすぐ隣には同じコースを有した民営の自動車練習場があった。ここは一般の自動車学校とは違いあくまでも隣の島根県免許センターの一発試験で合格するための練習をするところ。当然検定試験は公的機関である島根県免許センターで受けることを前提としていた。この練習場では『5日間コース・3万円』や『10日間コース・5万円』という練習メニューが設定されていて、一発試験を受ける多くの人がそれを利用していた。当然である。仮に『10日間コース・5万円』を受けても自動車学校に通うことを思えば時間も費用もかなり節減できる。そして自信がある者でも『5日間コース・3万円』の講習を受けてから検定試験に臨むことが王道であった。ただ、私は違った。今まで苦労して貯めたお金は1円といえど余分に払いたくない。その気持ちも相まって、『中二病』を20歳になっても引き摺り、『自分は特別』と思っていた馬鹿な私はその両コースを選ばずに一発試験に臨むことにしたのであった。とは言え、やはり一度もハンドルを握ったこともないのに検定を受けるのはあまりにも無謀だ。なので私は練習場で1時間だけ講習を受けることにした。そういうのもアリなのだ。1時間の講習は4000円だった。
 受付で涙を飲み4000円を支払い、案内された椅子に掛け待っていると30代半ばの男性がやって来た。教官である。私が一度も運転したことがないことを知ると、教官は私をゲームセンターの古臭いレース系ゲーム機のようなセットに座らせ、ハンドル操作の基本を説明する。私は言われたまま10時10分の位置から両手で左折と右折のハンドル回しの所作を数回行う。当然こんな時間も教習時間に含まれるため、

『早く車に乗せやがれ。』

とイライラしながら5分位していると、

「よし。じゃあ車に行きましょうか。」

っとやっと声がかかる。私は意気揚々と歩き出した。練習用コースに置かれてあったのは数代前のトヨタクラウン。少々塗装が日焼けした草色の3速MT車(当時はもちろんAT車専用免許はない)だった。事務的に車に乗り込む前の注意点(前後確認等)を説明され、いよいよエンジン始動。古い車だがさすがに整備は行き届いているようでスムーズにセルが回りエンジンが掛かる。山本の車と比べるのもなんだがえらい違いだ。シフトとクラッチ操作の説明も受けるが、そこはさすがに男子学生。友人のスポーツタイプの原付バイクに乗った経験も有り、クラッチ、シフト、アクセルの関係性は体験済みなので教官もサラッと説明を終える。さて、いよいよ出発。左足でクラッチを踏み、シフトを『ロー』に入れサイドブレーキを下ろし、右足をブレーキからアクセルに乗せ変えアクセルをゆっくり踏み込みながらクラッチを徐々に上げ…

『カックン…カックン…カコッ。』

『んなぁ~っ…エンストしてしまった。』

でも直ぐに教官からアドバイスを受け、気を取り直してやり直し。すると今度は気持ちよく車は進みだした。その後2度ほど発進とストップの動作を繰り返し次は外周コースをシフトアップしながら走ることになった。しかし、いきなり失敗はしたが、やはり練習を受けて正解だった。おそらく検定で使用する同じタイプの車のエンストしないためのアクセルとクラッチ加減をこうやって体で覚えることが大切なのだ。
 外周コースを回るのはまったく問題なし。シフトアップも必要スピードも問題なし。カーブに沿ったハンドル操作もキープレフトも合格点。運転の苦手な御仁には申し訳ないが、私は既にその段階で車を運転する楽しさを感じていた。しかし練習はそこまで。1時間はあっという間に過ぎてしまった。

《現段階での免許取得費用は4000円である》


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