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一人分の安心

 世界への信頼について、考えている。
これは「人が死なないために働きたい」という思いの延長であり、手当てにあてると決めたこの十年の中で取り組むテーマでもある。世界への信頼は、世界への安心であり、ここにいることへの安心に繋がっている。安心をつくることができるだろうか。安心は分かち合えるだろうか。安心を忘れずに済む方法はあるのだろうか。それらの答えは今もわからない。ただ、まだすべてがわからなくても大丈夫。そう言える一人分の安心だけがここにある。

 愛は自らの内から満ち溢れないと、この世界にこぼれない。他者へ手渡すことはできない。私は自分がどうなっても他者へ配りたがる一見利他的な顔をした利己的な側面があり、この真実に頷けるまですこし時間がかかった。目に見える現実や社会におけるかなしみ、近くにいる人のかなしみを前にして自分を満たすことを選ぶことは許し難かった。でも、自らの身体によってそうせざるを得ない状況へ運ばれてゆき、その後、私は「手当て」に向き合おうと決めた。決めることができた。
 世界のこと、遠くの街にいるあなたのこと、たったひとりのあなたのこと。私はいつでも、書いたものを読むたったひとりのあなたのことを思う。今この瞬間、取りこぼしてゆくものがあるとわかっていても、言葉の向こうにいるたったひとりのあなたの内側を頼ること。この一歩からしか、世界の平和は成し得ないと、私は私自身のために信じている。命を、愛を、一人分賭けている。もうずっと、とてもとてもたのしく。
 世界の変え方、愛の告げ方が私とあなたで似ていなくても大丈夫。あなたがまだ安心できなくても大丈夫。私が先にここで安心していよう。

 大きなかなしみに抗うために、大きな怒りを抱きしめるために、愛に満ち、溢れ、こぼれてゆこう。いつか遠くの街にいるあなたの隣へ伝ってゆくその日を信じて。まずは、一人分の安心をここで、受け留めよう。


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304字

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