1月1日 祈り鶴
こんな日がずっと続けばいいのにな。
寝起きですぐ出てきた甘いお雑煮を食べながら思う。昨日夜ご飯を食べすぎたからお餅は1個。
録画していた音楽番組が惰性で流れている。今年よく見たバンドのヒット曲。嫌いじゃないけど聞き飽きた。少しも耳に入ってこない。スマホを見ると着信が3件。
企業からのあけおめLINEは本当になんなんだ。今年もよろしくする気は一切ない、クーポン目当てに交換した仲なんだから。誰からも来ないなら来ないで年越し自体忘れられるのに。
ツイートには反応がある。嬉しい。やっぱ私の居場所はTwitterだなーとか考える。陰キャ上等。もう学校は終わったのだから。1週間前が遠い遠い昔のことのように感じられる。あ。
『地震』
トレンドワード1位に浮上している。また、どこかで。よく見たら10位まで地震関連の単語で埋め尽くされている。これ大丈夫か。え、震度7。ええ。震度7。
こんなおめでたい日に。とか、他人事みたいなことしか思えなかった。本当に他人事なのかもしれない。私の地域は全く揺れなかったし、地震のあった方面に知り合いもいない。でも、他人事だと思うのは許されないようにも感じた。
音楽番組からニュース番組に切り替える。緊張感のある声は、相変わらず私の耳には入ってこない。日本地図に書かれた7という数字。それを見て私は、7だな、と思った。
タイムラインには避難を呼びかけるツイートがしきりに流れてくる。それと、誰かが必死に拡散している救助要請。その後に、デマには気をつけようという有名人のツイート。
もはや何がデマかなんて分からない。仮にこの救助要請がデマだったとして、それを拡散した人は悪いのだろうか。錯乱したとして非難されてしまうのだろうか。無知でも行動した人より、黙っている人の方が偉いのだろうか。
洗い物を終えてやってきた父がチャンネルを変える。お笑い番組の新春スペシャル。ちょうど私の好きな芸人さん。フッと力が抜ける。眉間に皺を寄せていたことに今気がついた。
ただ笑っていると時間は過ぎる。しかめ面よりは笑っていた方がいいのかもしれない。少なくとも、今の私は。
そうは思ってもやはりTwitterを開いてしまう。止まったような時間を過ごす人たちがいる。
私の好きなバンドの人たちは大丈夫だろうか。たしか実家が被災地あたりだったような気がする。あ、ギターが1時間前にツイートしてる。ドラムとボーカルも別の場所にいるっぽい。ベースの情報は、何もない。分からない。生きてたらいいな。死んだら、嫌だな。
死んだら。その考えが頭に浮かんだら、もう笑えなくなった。震度7。日本地図に書かれた7。過去に起こった7。地面が揺れる。家が壊れる。人が死ぬ。
お笑いを見ている気でもなくなって、自室に戻る。音楽が聴きたい。少し迷って、RADWIMPSが3.11にリリースした曲のまとめアルバムをかけた。10年分、10曲。
できれば目を逸らしたい出来事に目を逸らせないのは、正義感なのか、義務感なのか。別に私がうじうじ考えたところで世界は何も変わらないのに。
下から漏れ聞こえる笑い声が音楽に中和されていく。仰向けに寝転んで目を瞑る。しばらくそうしていると、トントンとドアをノックする音が聞こえた。
「はーい。」
「折り紙持ってる?」
「折り紙?」
「うん、折り紙。」
体を起こして引き出しを漁る。持ってたはずだけど、出すのは小学校以来かもしれない。
「何に使うの?」
「折る。」
どういう風の吹き回しだろう。理系の女子大生と折り紙など、最も遠い存在に思えるが。一人暮らしを始めて心変わりでもあったのだろうか。
「これでいい?」
ドアを開けるとまっすぐにこちらを見る姉がいた。茶化す感じでもない。
「これだけ?」
「うん。」
「ふうん。」
これだけ?って、20枚もあれば十分だろう。何に使うか知らないけど。
「何に使うの?」
「折るの。」
「何を?」
「ツル。」
「なんで?」
「なんとなく。」
「…もしかして、送ろうとしてる?」
「あー分かってる分かってる。なんの助けにもならないんでしょ?それくらい考えたら分かる。」
「じゃあなんで。」
「折りたいから。」
そう言うと姉は私の部屋に入ってきた。低いテーブルで折り紙を折り始める。
「ツルってどうやって折るの。」
「あんたもやる?」
黄色の折り紙を1枚手に取り、見よう見まねで折ってみる。6年ぶりか。それ以上かも。久しぶりすぎて折るのに時間がかかった。
「不器用だね。」
「久しぶりだから。」
「それは私も。」
しわしわの私のツルと姉のツルを見比べる。今度はもう少し上手く折れるはず。自然と2枚目に手が伸びる。姉はもう3枚目に入っている。
4羽、5羽。ツルが増えていく。
「小学校の頃よくリンちゃんって遊びにきてたの、覚えてる?」
姉が口を開いた。
「うん。」
顔はほとんど覚えていないが、私とも遊んでくれた記憶がある。
「リンちゃん、中学校で転校しちゃったんだよね。」
「ふーん。会ってないの?」
「富山だからね。簡単に行けないよ。」
富山。今日何度も見た名前。7にすごく近い場所。
「連絡は?」
「LINEもインスタも知らない。」
「そっか。」
姉の折る手が一瞬、止まる。
でもまたすぐに折り始める。
10羽、11羽、12羽。最初よりは上達してきた。
「これどうするの?」
「どうしようね。飾る?」
「じゃあ半分もらうわ」
「ぜったい私の方が多く折ったのに。」
「そんなん分かんないじゃん。」
「分かるよ。あんたのぐちゃぐちゃだもん。」
「はー?わざわざ付き合ってあげてるのに。」
「付き合ってって言ってない。」
「でもこれ私の折り紙じゃん。」
「そんなにほしい?」
「いや、半分でいいよ。」
全部折り終えると姉は部屋を出て行った。
テーブルの上に残された10羽のツル。
今の私には、これしかできない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?