3月11日

毎年のことだが、3月はナーバスになる。11日が近づくごとに心苦しい気持ちになるし、精神的に落ち着かない。働いていなかった頃は繰り返し放送されるあの日の映像を目にしないよう一日中ゴルフネットワークを見ていた。が、今年は仕事に没頭し、帰宅したあとはやっぱりゴルフネットワークを見ている。

2011年3月11日午後2時46分は、死ぬまで忘れられない時間になると思う。私自身が被災地にいたわけではないが、震災発生から今日にいたるまでの出来事が、決してそのときを忘れさせてくれない。

どんなにしんどい状況にあっても苦しい立場になっても、そのときは鮮烈な苦痛を感じるが時間の経過とともに苦しい思いは薄れていくものだ。だから時間薬と呼ばれているのだが、震災に関わることには時間薬は効かないらしい。

こころの内側にべっとりと張り付いてしまった感情は13年という時間をかけて根を伸ばしているし、こころというものが器のようなものならばびっしりと細かな根が張り巡っているに違いない。震災に関わるなにかを聞いたり見たときに、きゅっとこころを締め上げ、ぎし、ぎしと軋む音を立てている。そんな気がしてならない。

直接被害に遭っていないのに、どうしてこうなるのか。その理由は簡単だ。毎年正月やGW、盆に夫氏の故郷である陸前高田市に帰省していたのだが、そのとき目にした美しい景色や、幼かった甥や姪と出かけた場所が、あまりにも無残に壊されてしまったからだ。

13年前、震災発生後向かった先で見たものは、がれきの山だった。見慣れた街は跡形もなく破壊されてしまい、かつての姿は見る影もない。あれを喪失と言わずしてなんだろうか。虚無と言わずしてなんだろうか。

記憶・思い出は自分だけのものだ。それに自分が生きてきた証といっていいものだ。それが壊れた。壊されてしまった。その悲しみは、今も癒えない。

私は震災当時の映像を見てしまうと、涙が止まらなくなる。だから今日はテレビを見ない。ゴルフネットワークを見る。

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