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心に残る声を胸に大切な仲間であり先輩へ誓うこと

突然のことでした。
昨日の晩のことです。

「Nさんが亡くなったそうです」とLineが届き、ショックで思考停止しました。なにが起こったのか……。


死は誰にでも訪れるもの。ただ、あまりの突然の訃報に、ぽっかり心に穴が開いたような感覚でした。

彼はわたしを認めてくれた人だったからでしょうか。彼の声、わたしの名前を呼ぶ酔っぱらったNさんの声が耳に残るのです。

Nさんと出会ってから15年以上たちます。彼はわたしの所属しているよさこいのチームのメンバーでした。
わたしにとってこのよさこいチームは「人生の宝物」です。

今から15年前。わたしは地元の小さなお祭りでこのチームの踊りを見たのが始まりです。

本当に地元の小さなチーム。町内で結成された小学生がメインに踊り、うしろで大人が踊っていました。

一目惚れしたわたしはこのチームに絶対に入ると決めました。この町内に住んでいないわたしが、まだ5歳の幼い長女とお隣さんを巻き込み、チームの門をたたいたのが始まりです。

小さな町内会のチームで結束が固く、チームに入ったものの、居場所がありませんでした。娘が熱心に踊る姿を見ていたら「わたしがここで負けてはいけない」と思ったことを今でも思い出します。

そんなある日のこと。まだ踊れもしないわたしは、イベントで踊ることになりました。「前の子を真似して踊ればいいよ」というのです。もちろん、フリは覚えていないし、普通だったら出してもらえないレベルです。娘の楽しそうな姿に後押しされたのでしょうね。思い切ったなと思います。

そのイベントでわたしのポジションが決まりました。
あるメンバーさんに「ビール飲む?」と聞かれたわたしは付き添いで来てくれた夫に「飲んでいい?」と聞き遠慮なく飲むわたしをみて…

そうなんです^^;。わたしは娘を連れて踊りにきたのに、旦那さんに運転をさせてビールを飲む嫁、つまり静岡弁で言ったら「しょんねえやつ」なのです。そして、一緒にチームに入ったお隣さんはかなりの酒豪ときてまして…。

そんなわたしたちのことを、当時の代表は「とんでもないやつが入ってきた」と愚痴をこぼしていたそうです。そのとんでもないわたしたちを頼むと言われたのがNさんなのです。

Nさんは、誰にでも優しく他のチームからも一目置かれていた存在だと知ったのはその何年か後の話。当時の代表を「まぁまぁ」となだめていたと笑い話にして話してくれました。

もっと一緒に、踊って、吞んで、もっともっと、熱く語りたかった。
チームの子供たちが成長していく姿を一緒に見たかった。

死とは突然訪れることもあるのです。
Nさんに会いにお悔やみに行ってきました。酔っぱらって寝てるNさんの顔でした。

Nさんの娘さんはこう話してくれました。
「昨日もお父さんがご飯を作ってくれて、晩酌したのにね…」
「父は踊りのメンバーが大好きだった。いつも話をしてたよ」
「父は楽しいことをしてつらいこともあったけど幸せだった」

突然の死を受け入れるのは時間がかかりますが、Nさんの顔を見て覚悟を決めました。
「しょんない(仕方がない)わたしをチームで認めてくれてたのだから、わたしはまだ踊るよ」

わたしはまだ踊れる。楽しく踊って美味しく呑むからね。
見ててくれーーーー!!!

それがNさんへのわたしの孝行です。

実は、アラフィフになり大好きな踊りを半分あきらめていました。
でも、春のイベントから再出発します。

Nさんが見ていてくれるはず。自慢の笑顔満開で行くぞ🔥



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