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水曜日は、映画の日

「お疲れ様」

iPhoneのホーム画面に彼からのメッセージの通知。今日はいつもよりも仕事が終わる時間が早い。

「おつかれさま!今日は早かったね」

「水曜日はノー残デーやからな」

そうか。水曜日はノー残デー。そんな言葉は存在しない会社で働いているわたしは、彼の働く会社のホワイトっぷりが心底羨ましくなってしまう。

「何かオススメの映画ある?」

「今日も映画観るんか!マイインターンとかどう?」

「水曜日は映画の日やからな」

水曜日は映画の日。ノー残デーの水曜日、仕事帰りの平日の夜に、自宅で映画を1本観ることが彼の週に1度の習慣らしい。

遠距離恋愛のわたしたちのコミュニケーションは常にLINE。朝は「おはよう」と「今日もがんばろう」の2往復。仕事終わりに「おつかれさま」から「おやすみ」までの数往復のやりとり。文字だけだけど、気軽にやりとりできる時代なのが本当にありがたい。

ただ、水曜日はいつも「お疲れ様」からのLINEが続かない。だって、彼は映画を観ているから。
きっと、部屋を暗くして、テレビをPCのモニター代わりにして、お気に入りのお酒をグラスに注いで、ひとり部屋で観ているのだろう。

ぱたっと途絶えた連絡がまた復活するのは、いつも夜の23時過ぎ。映画を観終わった彼の「この映画めっちゃよかったー」か「なんか微妙やったなぁ」のメッセージ。
たまに、映画中にLINEが送られてくるときは「あぁ、きっと好みの映画ではなかったんだなぁ」なんて推測してみたり。

他愛もない感想のやり取りをしながら、これがLINEじゃなくて直接話せたらなんて幸せな水曜日なんだろうと思いながら、なかなか気軽に会える距離ではない場所に住んでいる彼に思いを馳せる。
いつかこの遠距離が終わった時、水曜日の映画の日をわたしも一緒に楽しめたら、なんて、いつ来るかわからない未来を想像しながら。


ところが、そんないつ来るかわからない未来は、前触れもなくやってきた。

突然の辞令。わたしの転勤。異動先は、彼がいる関西。
丸9年と少し続いた遠距離恋愛が、急に終わりを迎えた。

あまりにも急すぎて実感がわかないまま、ふたり同じ家で暮らし始めた。
毎日LINEだけでコミュニケーションをとっていた彼が、目の前にいる。一緒に生活をしている。
これが本当に現実なのかなんて疑いつつ、こんなにもあっさりと遠距離恋愛が終わってしまったことに拍子抜けしつつ、目の前の光景が新しい当たり前の日常が不思議で、新鮮で、なんだかくすぐったい気がした。

「行ってきます」「行ってらっしゃい」「ただいま」「おかえり」

そんな、何気ない挨拶を、いつもの日常のやり取りを、彼と出来る日が来るなんて。

そして迎える水曜日。ノー残デーなんて関係ないわたしも、なるべく早く仕事を切り上げて、急いで帰宅する。
ふたりで夕飯を食べて、サッとお風呂に入って、寝る準備を早々に済ませる。

テレビ画面だけが明るい電気を落とした部屋。彼の横にそっと腰を下ろす。

それぞれのグラスに、飲みたいお酒を注いで。カチンとグラスを合わせながら言う。


「「乾杯」」


水曜日、ノー残デーは、ふたりだけの映画の日。




#また乾杯しよう #702日目


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