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SNSの向こう側

InstagramやTwitterは日常的にアプリを覗く
もうそれは毎日のように覗く
投稿する時ももちろんある
個人の自由で発信できるのはとても便利だ

だが、その便利さゆえに傷ついたことももちろんある

24時間の中でほんの一瞬のその瞬間の写真と
選び抜かれた言葉だけでその人のすべてが相手に伝わるのだろうか?
しったかぶったことを言われるのは本当に嫌だ

あなたに何がわかるのか?

喜びも苦しみも悲しみも。伝えたくて投稿したわけでなく
自分の記録として残している写真だったりもあるのだから
noteは誰にも知り合いにはこのアカウントの存在を伝えていない

ちょうど昨日、誹謗中傷のハッシュタグがTwitterのトレンドに上がっていた
そこからたくさんの投稿をたどって行くうちに著名人の訃報にたどり着いた

とてもびっくりした。その番組は見ていなかったし恥ずかしながら存在も知らなかったのですが記事を読んでとても悲しくなった
言葉は刃物になる何かのアニメで言われてたセリフ
それは時に本当に人を殺してしまうんだなって感じた

言葉で表せられないほどの深い悲しみと、ココロをえぐられ
呼吸をするのすら辛かっただろうなと思う
そもそも死因が何だったのかわからないから何とも言えないけど

いなくなった人にはもう会えないし
いつその終わりが来るのかなんて誰もわからない

ココロで思った何気ない一言はいつでも何処でも
誰かを苦しめ、ココロを壊してしまうことがあるんだ
もっとやさしい心をどこかに持った人であふれたらいいのになって思う
保障された明日なんてないんだよ

何も考えずに生きている人が多い中で
今日もどこかで自分の生きる意味を探しながら
死ぬことを恐れて生きています


最後まで読んでくださりありがとうございました
心よりご冥福をお祈りいたします




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