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小説講座に行ったら小説を書けるのか

もう10年ほど昔になりますが、小説を書けるようになりたくて大阪文学学校の小説クラスというところに毎週土曜に通っていました。
それ以前もごく短い小説を書いて同人誌に載せたり、文学新人賞に応募して一次落ちしたことはあったのですが、どうにもそこから書きあぐねるというか行き詰まりを感じていたのです。

小説なんて基本一人で取り組むもので、学校に行ったからって書けるようになるのか…?と半信半疑でしたが、結論からいえば、1年半(だったか2年だったか、記憶が曖昧…)通った結果として、なんかかんか書けるようになっていました。

・400字詰原稿用紙にして100枚以上の短編小説を年に1〜3本書けるようになった。
・文学新人賞に応募して1次〜2次には残れるようになった(もちろん1次落ちも全然あるけれど)。

新人賞受賞!プロ作家デビュー!みたいな華々しさとは無縁なので、とてもささやかかもしれないけど、「書きたいのに全然書けない」状態から上記になることができて、自分としてはとても大きな変化でした。

在学中に書いた作品で太宰治賞に応募したときは、それまで一次にすら残れなかったのが二次まで進み、応募総数1200くらいのうち20何位くらいになれた…とものすごく嬉しかったのを覚えてます。

小説が書けるようになったのには、大阪文学学校の「合評」という仕組みが大きかったと思います。小説の書き方を先生から講義や指導されるのではなく、自分の作品をクラスメイトたちに読んでもらって全員から講評を受けるというものです(チューターと呼ばれる場のまとめ役の先生はいます)。小説として全然形になってなくても書き途中でも、学期中にとにかく提出します。

私が通っていたときのクラスメイトは20代から70代以上のシニア世代まで、趣味も価値観もバックグラウンドもさまざまな人たちで、その志向も時代小説、ラノベ、SF、純文学とバラバラでした。
そもそも気を遣い合う友達とかそういう関係じゃないから、合評も「もう少し手心というか…」という感じでボコボコにされることが全然あります。そして作者はそれに反発したりいじけたり(自分って大人げないなと何度も思った…)。

・締切がある
・いろんな人に読んでもらって、忖度のない感想をもらう

この2点がかなり効きました。
やはり締切というプレッシャーがないと書き上げるのは難しい。それに一人で書いているとどうしても独りよがりになりがちで。友達に作品を読んでもらうのもいいけれど、友達だから感想も「おもしろかった」とか、こちらの意を汲んでくれた優しいものが多くて、ありがたく思いつつ、気を遣ってもらっていると感じたり。
しかし合評。「私にはようわからんかった」「この作品は好きになれんかな」と言い切られるこの感じ。クゥ、痺れるね…。もちろん優しく褒めてもらって嬉しくなることもありますが、自分の作品を受け入れて評価してもらいたいという期待は少なめにしておかないとやっていけない(自分のメンタルが)。

しかし合評を何度かしてボコされるうちに、なんというか、自分の頭の中にもバーチャルな「読み手」が育っていることに気づきます。小説を書いている最中も「この書き方では読む人に理解されないかも」と軌道修正したり、あるいは「理解されないかもしれないけれど、ここは自分のこだわりとして通したい」という塩梅にバランスを取ったり。ここで読み手を意識しすぎて逆に書けなくなるという場合もあるかもしれないけれど、自分としては独りよがりの暗中模索状態から抜け出す足がかりになりました。

また、読む側になるのも勉強になりました。人の作品の感想を言うにしても、「おもしろかった/そうではなかった」の理由を言葉にする必要があり、分析的に読むことになります。すぐれた作品が参考になったのはもちろん、「この人はこういうものを描きたかったと思われるが、このような点で上手くいかなかったのではないか。これをクリアするには…」と考えながら読むことは、それ自体に創造的な面があって、自分の創作にもフィードバックされました。
あと、一見普通に暮らす普通の人の中に眠っている物語を読ませてもらえることの得難さというか、小説の中にある声を聴かせてもらえるということに、なんというか小説の勉強になるとかそういうこと以上の「良さ」がありました。

世の中の小説学校や小説講座にはプロの作家や編集者、評論家を講師に迎えて学ぶところも多いと思います。自分もそういう場所に興味や憧れがありましたが(今もありますが)、当時たまたま通える距離にあったのが大阪文学学校でした。素人同士でひたすら書いて読み合う合評という仕組みは泥臭いっちゃ泥臭く、一直線にスマートに上手になれるものとは違うけど、その独特の形式から得るものも多かったと感じています。

ここから創作とは直接関係ないけれど、ほかによかったこととして、大人になってから学校に通うのって楽しかったなーというのもあります。若い人から自分の親より歳上の人まで、いろんな世代の人とクラスメイトとして対等に付き合えるなんてなかなかないことで、クラスの人たちとは今でも交流があるというか、今も互いの作品を読み合ったりしています。
今は子育て中でそんな余裕はないけど、おばあさんになったらまた入学してみよかな…と考えたりもしたり。

大阪文学学校は谷町六丁目の駅から少し歩いたところの古いビルの中にあり、近くには昔ながらの商店街もあります。その下町的な雰囲気も思い出すだに懐かしい。当時は京都に住んでたので電車で片道1時間以上かけて通ってましたが、クラスメイトにはもっと遠いところから毎週新幹線で通ってる人もいました。コロナ禍以降はリモートでも参加できるようになったと聞きます。

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