ハズレのキャプテン
ある日の食卓で息子は言った。
なぜそんな話になったかは定かではないが
息子は絶対に忘れないと言った。
「お前たちハズレだな。」
高校に入り、甲子園に憧れて入部した野球部で
一つ上の先輩にそう言われたそうだ。
息子達の学年の入部者は8名。
当時の2年生は16名いた。3年生もそれぐらい。
8名という人数の少なさと、とりわけ身体が大きいわけでも、中学で硬式の経験があるわけでもなく、それぞれが中学の軟式野球を真剣にやってきた真面目で平均的な子の集まりだった。
ハズレ。不作。そんな風に揶揄されて、なかなか
出番にも恵まれなかった。
一つ上の先輩達は、早くからスタメンで起用されて来たメンバーが揃い磐石の布陣だった。
裏方仕事が板について、やっと自分達の代がきたとなったら、一つ下には野球センスの良い、堂々とした後輩達がやってきた。
それまで練習してきた守備を易々と後輩にとって変わられることもある。
息子もそれまでのポジションから、ファーストに変わった。
そのことに悔しさや不満もあったかもしれないが、一度も聞いたことはないし、今となれば、
俺はファーストの才能があったな。と嘯いている。
息子は、今、キャプテンをしている。
ハズレだと言われたことは、息子のバネになっているなと感じる。
野球はスター選手が揃えば勝てる。と限らないから面白い。と息子は考えている。
私立高校の強さにたじろいでも尚、県立高校が勝機を見出すことはできると信じてもいる。
理論を学び、分析して、さまざまなパターンを予測する。
声をかけ、目を見て、それぞれのコンディションを把握する。
誰かが調子を上げれば、誰かはスランプになる。
怪我もつきもので、想定外のハプニングにも振り回される。
自分自身の言葉が、チームのみんなに響くために
誰より声を出して、グラウンドに最初にでて、最後に帰る。
息子はずっと秀でて野球が上手いわけではなく、
それは今も変わらない。
ただ、誰よりチームを考え、チームで勝つことを目指している。
その心意気だけが、チームの中で最も秀でているのだと思う。
先日、練習試合があった。
2試合目は、1、2年生の試合だった。今までにない柔軟な対応だった。
息子達3年生は、ベンチワークで回の交代が迅速に行えるよう後輩にタオルやグラブを渡して、にこやかに声をかける。
キャッチャーの身支度を手伝い、お尻をぽんと叩いて送り出す。
ベンチワークを自然体で行う3年生に、ただただ
胸が熱くなる。
息子達3年生が、高校野球をやれるのはもうあと2ヶ月程度。
沢山の練習試合が感染症で中止になった。
豪雪でなかなか土の上で練習できない春だった。
2試合、3年生に存分にやらせてほしい。なんてせこいことを思うのは、ダメ親の私ぐらいだ。
息子は、次のチームはきっと強くなるはずだよ!
楽しみだなあ。きっとさ、あいつらはどんどん上手くなるよ!と話す。
躍動する後輩達から学ぶことがあると話す。
高校野球は、息子達で終わりではなく綿々と続いていくものだ。
息子は、誰かからみたらハズレのキャプテンなのかもしれない。
しかし、私から見たら、並はずれたキャプテンだ。
お人好しで、野球と仲間を愛することにかけては
並はずれたキャプテンだ。
おかあは、お前がキャプテンをひきうけたことを
人生の大当たりの一つだと思っているよ。
お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。