Gメンに向いちゃいない。

仏心は捨てて検挙せよ。

これはマニュアルには無いが、指導してくれた先輩方にはハッキリと言われてきた。

万引き犯の中には貧困故に、生きる為仕方なく、という理由によるものが圧倒的に多く、中には我が子を用いて犯行に及ぶケースが後を絶たない。

そうなると、目の前に、訳もわからず万引きさせられるか弱い小さな背中があるわけだから、検挙に二の足を踏む感情がどうしても芽生えてしまう。

我が子を用いて犯行に及ぶ親側の中にはその感情に漬け込んで、平気で事を達成していく者が確かにいる。

だから検挙してあげることが、その親子の為
という理屈。

仏心は捨てて臨む必要がある。

とても分かる理屈だ。

それとは全く別に。
全く別の理由で。

ヘタレゆえに子どもの犯行を見逃した事がある。

心斎橋筋商店街。
うなぎの寝床のような縦に長いドラッグストア
人と人がすれ違うのがやっとの店内故に逆に人が死角となって被害件数が多いことは明らかだった。

しかし、まだ店内が空いている開店すぐに
中学生くらいかな。
本当にあどけない年恰好の女の子。
トレーナーの袖口にマニキュアを２つ滑り込ませた。
単数ではなく、2回に分けて２個。

言い逃れ不要案件。

起点も確認した
商品も確認した
商品の最終移動地点も確認した。

こちらはもちろん敢えて目を合わさず気付いる素振りも出さない。

行くしかない。

そこで聞こえてきたのが、その女の子の家族のハングルだった。

日本人じゃなかったんだ。

両親が商品を沢山抱えてレジに並ぶのを手伝ってくれと呼んでいる。

戸惑う女の子。

旅行先の日本での午前も午前、10時過ぎの出来事。

ここからどうなるか。

警察に引き渡して、今日一日の日本観光予定はぶっ潰れる

なんという後味の悪さか。

初日なのか？
日本初日か？

初日の午前に娘の万引きでぶっ潰れるのか？観光が？！そりゃ倒置法も使うわ。

後味が悪い。

その理由で、その理由のみで、私はそっと、検挙を捨てて防止に走った。

目を合わせに行く。

女の子の袖口と、目を交互に見て、商品の起点を示し、戻せ、と2回3回合図を送る。

射すくまれ、さっと商品は袖口から戻された。

素早く時計を見る。

業務としてはこの犯行時刻と、商品起点現場を報告する事で、カメラを確認して、万引きが確実に防止されたことが表明される。

これで彼女は、シロだ。

オチをつけたかったわけではないが、戻されたマニキュアは、アイボリーとクリーム色。

どんだけ白、好きなん？

そんなわけで、私は今日も検挙Gメンには程遠いヘタレなのであった。