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大型犬と暮らす2

 少女時代の愛読書に「白い牙」という物語があった。
狼の血をひくホワイトファングは、勇敢で賢くて、優しさも兼ね備えた素晴らしい犬だった。
ホワイトファングは大人になってもなお、私の中に息づいていた。
 初めてジョンに出会ったとき、盲導犬にもなるラブラドールだったら、賢くて忠実で忍耐強くて優しくて、そしておとなしい犬に違いないと、私は決めてかかった。
 さて、実際にはどうだっただろうか。賢いから優しいまでは「すごく」もしくは「まあ」当てはまると言えようが、おとなしいとはまるで対極の、こんなに陽気で興奮しやすくエネルギッシュな犬がよくぞいたものだとあきれるほどだ。
 
 ジョンのしつけは一筋縄ではいかず、隣村の聴導犬協会が主催するプロドックスクールにも通ったが、次男が散歩中に引きずられて擦り傷だらけになったことは一度や二度ではないし、わたしも体じゅう噛みつかれて青あざだらけという時期もあった。
それでも指導員の方の「2歳過ぎれば徐々に落ち着くはずだから」という言葉を信じ頑張ってきたつもりだ。

 1歳過ぎに去勢手術した影響で、ジョンの体重は40キロを超え、女子供の力ではコントロールが難しくなった。
 1歳半で若年性の白髪が出た時には家族で話し合い、半分室内で飼ってみようということになった。家族が集うダイニングルームからは、サンルームにいるジョンの様子はいつでも分かったが、わずかガラス1枚がジョンにとっては耐え難い隔たりだったのであろう。
 試しにダイニングルームで放してみたところ、興奮して飛び掛かったり、咥えたものを離すことが出来ないから、室内ではリードでつないでいる状態、半分というのはそういう意味だ。

 後になって思う。「こんなことなら室内で飼うことを前提に、パピー期にもっとちゃんとしつけをするのだった」「どうせ新築の家を建てるのなら、床は犬の足が滑らないような仕様にするのだった」
 ラブのことを調べて情報集めをするうちに、しつけが行き届いた状態で室内飼いするには、パピー期に専門家に長期間預けてのトレーニングを行う方法があることも知った。
 第一こんなにモノがあふれた狭い台所で、ラブを放し飼いにしようということ自体無理があるのだ。
 大型犬はお金や時間に余裕のある人が迎える犬で、ましてや何を壊されたって平気で笑えるような広い心の持ち主でないと、ラブを飼う資格なんてないのではないのだろうか。

 もしも時が戻すことができるのならば、果たして私は、ほかの犬との暮らしを、あるいは犬とは暮らさないという選択をするだろうか。
 きっと何度あの場所に戻っても、あの日と同じように黒い子犬を抱き上げるに違いない。

 愛しいジョンよ、もうすでに、私はあなたに出会ってしまったのだから。


(大型犬と暮らす3に続く)

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