エレファントカシマシ「日比谷野外大音楽堂 2020」配信を視聴して。

エレファントカシマシ31年連続の野音となる「日比谷野外大音楽堂 2020」(10月4日17:00開始)を、自宅にて配信で視聴した。

当初はツイッターで1曲につき1ツイート、感想を呟ければと思っていたが、140文字では到底足りず、noteを使うことにした。
結局1万9千文字を超えた。ツイッターで呟かなくて本当に良かった。

これは配信を見た1ファンの感想であり、単なる見たままを綴った羅列であり、非常に冗長かつ、勝手で、個人的な所感ばかりだ。宮本に関することがやたら多く、しかし纏まってはいない。流れもない。何もない。
それでも書いておきたかった。
素晴らしいものを見た。

※※※※※※

セットリストや配信講演内容の記述があります。
ご注意ください。

※※※※※※

宮本さんのMCをはじめ、会話等(引用や「」でくくってあるもの)は、できるだけ正確を期するよう心がけていますが、個人による聞き取りであることをご理解の上、お読みください。
情景描写も私が確認した限りという前提でよろしくお願いします。

※※※※※※


配信開始

16:45から配信待機。
17:00を1分ほど過ぎたところで映像が届き始める。
半分の席が埋まった野音は思っていたよりも寂しくなくて、ほっとする。

メンバーが静かに登場。
宮本はマイクを持ち、礼をして挨拶。

「こんにちは」

他メンバーは静かに準備。
宮本はうろうろと歩き回り、うつむき、髪をかき回して、時折礼をする。

「ようこそ。オッケーじゃあ始めますか。あ、ちょっと待って。……じゃあ始めましょう」

落ち着いた緊張感、とでもいうべきものがあった。
宮本は黒ジャケットに白シャツ裾イン、黒スキニー。髪は毛先や襟足にハネとうねりがあってなんだか可愛いボサ頭。
石君はカーキ系のオーバーサイズシャツに、パンタロン?ベルボトム?裾の広がったデニム。スタイルの良さが凄い。サングラスと、そして驚きの前髪。短い!
トミは黒の長袖Tに黒のパンツでシンプル。髪の毛は少し短くなったか。格好いい。
成ちゃんは黒のジャケット、紺地に白の小花?(水玉?)の散った柄シャツ。黒のパンツに黒の帽子。おしゃれ格好いい。
この時点でサポートキーボーディストが細海魚さんだと気付き、髪の短さにまた慄く。サポートギタリストは分からなかった。(申し訳ない。後ほどM21で佐々木貴之くんだと知る)


第1部

M1「序曲」夢のちまた

ツイッターにも書いたが、この瞬間の気持ちをどう説明したらいいのか分からない。
野音が始まった高揚感と緊張感と、一曲目が『夢のちまた』だという喜びと、ああみんながあの場にいるという感激と……。様々なものが綯い交ぜになっていた。

第一声からものすごい迫力だった。早速、度肝を抜かれた

声が出てる。
これは調子がいいのでは?
うまい。
音がいい。
……と、途切れ途切れにしか思考できない。

年齢を重ねた迫力とでも言えばいいのか。歌唱技術が上がり、感情表現が磨かれ、若さとは違う部分の声質が確実に鍛えられて、その結果「今の『夢のちまた』」という素晴らしいものが歌われている。

宮本の乾いたニヒルな笑い声。かと思えば、次の瞬間にはそこから舞い上がるような美しい声が伸び、静かに微笑む。目を閉じて、叫ぶ。刻々と表情が変わってゆくから目が離せない。しかし耳は素晴らしい歌に捕らわれ続けている。感情が忙しい。声は上から下まで出ている気がした。

明日は晴れか、に行く直前の表情。目が離せない。

全体的に落ち着いたスタート。素晴らしい。
宮本は非常に丁寧に歌っている。
歌の後、何か呟いていた。聞き取れなかったが声と表情が厳しかったので少し気になる。


M2 DEAD OR ALIVE

曲前、出し始めた音で曲が分かる。嬉しい。『DEAD OR ALIVE』の音がした。
エレファントカシマシファンの皆さんに尋ねればきっと多くが頷いて下さると思うが、エレファントカシマシは曲前などに鳴らすアドリブの1音でも曲が分かる。その曲の世界の音がする。
どんなアーティストでもそうだろうと言われるかもしれないが、エレファントカシマシはその傾向がとりわけ顕著だ。

もともと格好いいDEAD OR ALIVEが格好いいの極みに達している。
これも声が出ている。いま私は大変すごいものを見ている。

リズム隊の音が大変良い。トミのドラムと成ちゃんのベースがハマり続けるなら、サウンドの凄味が存分に発揮されるだろうから非常に嬉しい。
石君は安定した石君らしさ。まだガツンと前に出てくることはないけれど、安心できるギター。この時はサンバーストのストラトキャスターだった。宮本はレッド系サンバーストのテレキャスター。成ちゃんもサンバーストカラー。「サンバーストお揃いだ」と思ったのと、宮本のギターの扱い方を見て「今日はギター弾きたい気分かな」と思ったのを覚えている。

宮本、これも非常に丁寧に歌っている。

サポートギターが若くて元気だと気付く。よく揺れている。細海さんもよく揺れている。

ここで、宮本もしや寝不足?と心配になる。目が腫れているように見えた。特に右側のまぶたが重そうだ。緊張や興奮による寝不足か、それとも昨日なにか泣いたのか。そんな顔。(一曲目では宮本さんは毎回気合いと緊張で表情が硬いのでさっぱり読めない)


M3 Easy Go

水も飲まずに『Easy Go』へ突入。ワントゥスリーフォー!!のカウントが1+2回。長めの前奏が格好いい。
これも本当に格好いい。ど迫力。アルバムの『Easy Go』も大好きだけど、今回の『Easy Go』はそれよりもドスが効いている。重みのある迫力。

そしてやはりまぶたが重そうな宮本。でも声は素晴らしい。
『Easy Go』は息継ぎが難解だしキツい歌だ。しかしそのキツさから『がなっている』ようでいて、ピッチが美しい。そこがたまらなく格好いい。ロックでパンクで格好良くて美しい。荒々しいのに繊細というのは、エレファントカシマシが一貫して持ち続けている類い稀な特徴だ。
胸元をはだけ前傾姿勢で力を振り絞って歌う宮本。

「もう一丁!!」が入ると嬉しい。

赤い照明に浮かび上がる全員が格好いい。
曲終わりへ向かう演奏が格好良すぎる。配信なのに。まるで地響きだ。


M4 地元のダンナ

上着を脱ぐ宮本。ここで水を飲んだ。良かった。
この体に響くリズムはもしやダンナでは?と思いながら待つ。

「エヴリバディー! ようこそ、野音へ」
「ようこそエヴリバディー! 日比谷の野音へ!」
「ギターギター」(?)

ワーン(マイクで)、トゥー(マイクから外す)、ワン(マイク)、トゥー(外す)、ワントゥースリーフォー!!(マイクで全力)がべらぼうに格好いい。
そこからのギター連中がまた格好いい。まず宮本、そして石君、サポートギターくんの三連。

石君が宮本を凝視しながら弾いているのが嬉しくて仕方がない。
忙しそうなトミ、力強い。成ちゃんが静かに激しい。細海さんがよく跳ねている。
明るかった野音が暗くなり始める。夕方が夜になってゆく。
空を仰ぎ叫び歌う宮本。

「何にもしてねえ」の時の表情。「地元のダンナ、あぁ? あぁ!? おい」の表情。たまらない。
両手を広げてのロングシャウト。メンバーの方を見て、トミへの指示から全員の合わせの流れが格好いい。
宮本のギター音で渋い終わり方。


M5 デーデ

ほぼ連続でデーデの冒頭を弾き始めるが、ワンフレーズで止める。
石君に合図して、改めて弾き直したと思ったら、ここでカウベル! トミのカウベル!!

トミが格好いい。トミカメラがあることに気付く。これは格好いいトミがたくさん見られそうで期待大。トミの目の表情がよくわかって嬉しい。宮本のどんなリズムも見逃すまいとしている。
宮本と石君とのアイコンタクトが多くて嬉しい。

宮本の動きにマイクスタンドが付いてくる。絡んだケーブルに引っ張られているのだが、倒れもせず行儀良く『すー……』と付いてくるので、なんとも言えないお散歩感が出ていた。

デーデお決まりのお尻ペンペンと両拳を順番に天へ突き上げるポーズ。ちょっとゆったりテンポ。宮本はすでに汗だくだ。

落ち着いている。bpmが走らない。
こぶしのきいた渋くて格好いいデーデ。


M6 星の砂

「ワントゥースリーフォーワントゥースリーフォー!!」

「ほしむすめ。ほしむすめ」と呟きながら跪き、マイクスタンドに絡んだケーブルを一生懸命解く宮本。前奏部の石君のギタープレイがよく見えてお得な気分だ。
前奏おかわりから、一気にテンションアップ。格好いい曲。
石君が宮本の後ろ姿をすごく見ている。
トミカメラ。やっぱりいいな、トミカメラ。

星の砂名物きらきら攻撃。会場の皆さんはあまり声を出せない分、手を上げたり揺れたり跳ねたり。細海さんも跳ねている。サポートギターの子も左右ステップで跳ねている。

石君と見つめ合ったままじわじわと近付いて行く宮本。
石君のおでこを人差し指でつついたあと、髪の毛をひっつかんで前に連れてくるいつもの宮本。途中で頭ゴッツンコみたいにしたのが極めて可愛い。
素直に連れられてきて、すっと引っ込むいつもの石君。

舌を出した表情がセクシーだが、破廉恥なものは今回少々ソフト表現か(カメラアングルもいささかの配慮を感じた)。乳首はきちんと出してつまんだ。

「ほーしーのすな!!」コーラス! 石君のコーラス!!

宮本の動きとシャウトが、完全に音と同化している。
「Goーーーー!!!」という宮本の叫びからのトミの全力ドラム。その音とも完全に同化して跳ねている。
その後のシャウトもタコ踊り的な動きも。あれは全部音楽の発露なんだ。

石君に前に行けと指示。前に行く石君。
アウトロ部分でその石君のそばまで来ると、後頭部の髪の毛を引っ掴んで正面を向かせるご無体。
そんなご無体をしながらも、曲終わりは繊細なファルセット。表情も大変格好いい横顔だった。
終わった後、石君に向かって「アピールしろ」(「アピールしないと」かも?)とのご指摘。アピールプレイが欲しかったようだ。


M7 何も無き一夜

持ってきてもらった宮本のエレキにトラブルがあった模様。弦落ちだろうか。素早く直してチューニングチェックをしていたが、結局ギターチェンジを指示。演奏側は大変なのだが、見ている方をしてはこういうシーンを垣間見られると少し嬉しくなる。
間ができたからか、少しMC。

「ちょっと古い曲聴いてください」
「そうか、星の砂も古いか。15の時の曲なんで。40年ぐらい前の曲です。次のは25歳で、部屋ん中で、あの、部屋ん中にいる時の歌。聞いてください」

部屋ん中にいる時の歌、『何もなき一夜』。
吃驚した。ものすごく良かった。もともと良い曲だが、さらに良かった。
エレファントカシマシはこれがある。ライブパフォーマンスが良すぎるのだ。
アルバムに収録されているものより、ライブバージョンの方が何倍も素晴らしく聞こえる場合が多々ある。今まで気付いていなかった曲の良い部分がひしひしと伝わってくる。曲はライブ演奏するたび進化するから仕方ないのかもしれない。

宮本の声は、おそらく多分スタジオ録音に入りきれていない。
録音できずカットされてしまっているものがたくさんある。だからアルバム作品は精密だがその分ライブよりもフラットになる。それが一概に悪いわけではないが、非常に勿体ない。
こうした配信ライブ映像での音や、ライブ音源CDでさえ分かる『なにか』。会場で生で聞けばさらに感じられるのであろう『何か』。
驚くほどの声量、豊かな倍音、メンバーとの緊張感を帯びた阿吽の呼吸、状況や会場の反応で引き出される感情の起伏、それによるエモーショナルな声の変化、覇気としか言いようのない気配……etc。

光に照らされて伸びやかに歌う宮本は、歌が上手く、声がいい。
その宮本を全力で支えて包み込み、合わせ、背を押す演奏が心地よい。

何も無い夜
一夜のなぐさみよ
机に身をよせて
はなうたをうたっていた

部屋ん中にいる時の歌。
今回の野音で宮本は、部屋にいることをたくさん歌ってくれた。


M8 無事なる男

「ワン、トゥー、ワントゥーさんはい!」

これも吃驚した。なんと可愛い。
この歌を若い頃よりも可愛く歌えているというのが凄い。
「はい!」や「へい!」が可愛いし、ウインクみたいに顔を歪ませるのも可愛い。あちこち可愛い。しかしもちろん可愛いだけじゃない。なにしろ男シリーズだ。可愛くも格好良く、闇や終わりや男の鬱屈を歌う。そして終焉や諦観を知っているのに、この世を見捨てない。
「こんなもんかよ、こんなもんじゃねえだろこの世の暮らしは!」は文句なく格好いい。

歌が上手い。上手くなっている。
どの歌も上手くなっているから(そして演奏も上手くなっているから)、過去の、特に初期のエレファントカシマシの楽曲はいろんな機会でどんどんやって欲しい。なにひとつ色褪せないことを高らかに詠ってほしい。エレファントカシマシの楽曲の素晴らしさを全力で披露して欲しい。
※しかし私個人はどの時期の曲も大好きなので、結局どの曲もどんどんやって欲しい。ジレンマだ。

実のところ再録音にも興味がある。
初期には初期にしかない良さがある。それは否定しない。というか私も大好きだ。大大大好きだ。エレファントカシマシはEPIC期から現在に至るまで、常に素晴らしい音楽を生み出し続け、奏で続けている。
しかしエレファントカシマシがあまりにも向上し続けるから、まだ拙さがあったあれやこれやを、今の彼らの力量と飛躍的に向上した録音技術を注ぎ込んで再録音したならきっと新たなる作品群になるだろう……という妄想をたくましくせずにはおれないのだ。
「スタジオ録音に入りきれない」などと語っておきながらなんだが、アルバムも普通に最高で、最高に素敵なんだから仕方がない。
アルバムが100%だとすると、ライブで300%くらい出してくるエレファントカシマシがバケモノなだけで。

曲が終わった後、ぺこりと二つ折りになるほど深い礼をするのがとても好きだ。


M9 珍奇男

宮本、エレキからアコギへギター交換。

「どうもありがと」

声が優しい。
男椅子に座って顔を拭いて水を飲む。ペットボトルの蓋の封を切る音まで聞こえる。

珍奇男のイントロを数フレーズ弾いたが「ちょっと寒いな」と呟いて手を止める。立ち上がり「寒い」と言いつつジャケットを着る。会場からは笑いと拍手。寒かったのね。
(ちなみにこのとき既に、アコギの音に雑音が入り始めている)

スタンバイし直し、今度は気合の入ったイントロショートバージョンから即、歌へ。一気にこのテンションまでぶち上げる宮本が凄い。

珍奇男も凄く良かった。
「お金を、お金を、お金を、お金を!お金を!お金を!投ーげて欲ーしい!」と『お金を』六回。
それにしても声がいい。地声もミックスボイスもシャウトも、上から下まで全部出ている。
宮本のリードとタメの波が凄くて、何度も演奏がズレそうになる。しかしズレない。ズレても合わせる。なんでもない事のように合わせてゆくメンバーの凄さ。というか、なんで合う!?
破綻しそうで破綻しない歌と演奏。そして破綻しないというだけじゃなく、格好いい。

おっとっとのときの憎たらしい笑いは、パフォーマンスだとわかっていても狂気的でゾッとする。素晴らしい。

宮本と石君のギター会話が非常に好きだ。宮本と激しさと石君の激しさは発露の方向性が違うが、熱量そのものは多分とてもよく似ている。
石君に前へ行けと合図した後、自分は成ちゃんのところへ。チョッパーをやってほしい宮本。ダンディにクールに熱く応える成ちゃん。

この時のギターも曲とぴったり。宮本を見ていると、音楽における肉体的表現としてのギター、というものを感じる。

引き寄せた男椅子に座ってフィニッシュ。


M10 晩秋の一夜

水分補給。苦しそうな顔が少し心配だ。
タオルで顔をゴシゴシ拭く。いつ見ても子供のような拭き方。

「エヴリバディ、日比谷の野音、ありがとうございます来てくれてみんな。ありがとう」

秋の野音に虫の音が響く。
配信でもはっきり聞こえた。まさに晩秋の一夜。
歌いだすが、音響が気になったようで一旦止める。

「歌でかい」
「外?外だって」(スピーカーという意味?)
「ごめんなさい。じゃあ古い歌で。火鉢で。あの、部屋ん中に、まあ、こもってた頃。23ぐらいの歌。凄いリアリティあります。今こそ聞いてくれ。晩秋の一夜」

「部屋の中にこもっていた頃」「リアリティがあります」「今こそ聞いてくれ」……。
宮本は直接的な事は何も語らない。ただ、こうした言葉の端々に、ここ数ヶ月の状況や経験を踏まえた世の中に対する眼差しが窺える。沈思黙考。語らない分、自分の思いは全部、歌で歌っているのだろう。

歌い直す。が、

「違う、やっぱ………」(聞き取れず)
「結構下げちゃっていい」

バランスに納得が行かない様子。これは宮本の声が非常に特殊であるから起こるのかもしれない。調整が難しそうだ。
宮本はもちろん、自分の声が全力で朗々と歌うとどのくらいの音量・音圧になるか把握しているはずだから、この歌のピーク時のバランスを考えて、現時点で下げる指示を出しているのかな、と思った。
(余談だが宮本のマイクはライブでもテレビでも、常に他のヴォーカリストが使用するマイクよりかなり絞ってあるように感じるがどうなんだろう?)

「ピアノでかい」

歌の途中でもバランスを気にする宮本。この人の頭の中には理想の音と理想のバランスがあって、それがいつも鳴っているんだな、と分かるシーンだった。

数度の仕切り直しや指示の声が入るシーンもあったが、全体としてはとても素晴らしかった。
全身全霊を振り絞って朗々と歌い、素晴らしいものを創造し続ける男の仕事だ。

ずっと虫が鳴いていた。


M11 月の夜

エレキからアコギへ。アコギの雑音が酷い。
「大丈夫?」と何度か弾いてはチェック。歌い出す。
歌が凄まじく良くて気付くのが遅れたが、やはりアコギの音がだんだん出にくくなっている。弦によって出たり出なかったり。もどかしそうな様子で強めに弾く宮本。スタッフにアコギの音をあげろと指示するも、改善しない。
太陽照りし、の直前まで丁寧に弾くが、ついに中断。
厳しい目つきで舞台袖に合図。

「音でないからもっかいやり直すね」(客席へ)
「ちょっとギターの音上げて」(スタッフへ)

ヤイリからヴィンセントへ交換。

「ありがとうございます。これ、すげえ懐かしくて。晩秋の一夜って歌は、まだ、家で本当に、四畳半のね、家で、引きこもりっていうか……、なにも、やたら難しい本を無理やり読んで、部屋にいるときの歌で」
「まあ、ただ非常に、こうやって今あの、木綿のハンカチーフとかソロで歌ってる中で、こういうエレファントカシマシの野音で、晩秋の一夜を歌えたのは、本当に、あの、素晴らしい経験ですありがとうございます」
「で、次の曲は、月の夜。友達の細海魚さんです」

まだ音は出ない。

「細海さんとは当時24、細身さんは26、二十代の時にこの曲、一緒に録りました。オリジナルメンバーで」

細海さんが真剣な表情で宮本を見つめている。

「音が、ギターの音が鳴らないみたいなんで」

MCを続けていると、ここでシールドケーブルチェンジ。やっと音が出た。(……ので、トラブル原因はシールドだと思われる。ヤイリ本体は無事だといいな)

「じゃあ月の夜。聞いてください」

歌い出しの第一声で、それまでの全てを吹き飛ばす圧巻のパフォーマンス。トラブルの事など一瞬で忘れてしまう。とにかく声がいい。歌がいい。何にも勝る圧倒的な戦闘力であり、説得力だ。

キーボードが幾重にも音を重ねてゆく。ドラムが、ベースが、ギターが、怒涛のように押し寄せる。音と光の海の中、アコースティックギターを供にした声が、有無を言わさぬ迫力で常に主役を張る。

宮本はトラブルで仕切り直しても、一瞬で世界を自分のものにする。歌とパフォーマンスの力が極端に強いからトラブルさえも後から見れば華になる。


M12 武蔵野

武蔵野の入り、来るぞ来るぞと待ち構えているところに、宮本のギターとトミのドラム! ゾワッとする。

トミー!と呼んで、見つめ合って煽りながら、まだまだ、まだまだ、と焦らす宮本と、それをじっと見ながらギアを上げて行くトミ。成ちゃんも石君も全員が円陣を組むようにしてタイミングを測っているのが本当に格好いい。それにしても成ちゃんはスタイルが良い。何度見てもびっくりする。驚異のモデル体型だ。

「ワーントゥースリーフォー!!」で照明が緑に切り替わる。ああ、武蔵野だ。

ゆったりとした武蔵野。声も伸びやか。
今回は随所で『余裕』を感じる。良い意味の余裕だ。どっしりとした、自信に裏打ちされた落ち着き。それが余裕となっている。

ここでも一瞬だが石君とのギター会話があって非常に嬉しい。
カメラが正面からフロントマンを抜く。すると後ろにいるドラマーが非常に格好いい仕事人であることがわかる。今回はトミカメラもあるし、こういった宮本とのツーショット抜きも多いし、トミ格好いい。


M13 パワー・イン・ザ・ワールド

真っ暗の中の1音。それで分かった。
全身に鳥肌が立った。

曲前に発せられた1音で分かる。
上でも記したが、本当に一瞬で分かる。
エレファントカシマシファンの皆さんに尋ねればきっと多くが頷いて下さると思う。曲前などに鳴らすアドリブの1音で分かる。その曲の世界の音がする。

皆、鳴り始めの音や空気で分かる曲がいくつもあり、そして、いくつもの特別な曲があることと思う。
私にとってのパワー・イン・ザ・ワールドがそれだ。
パワー・イン・ザ・ワールドはどれも最高で大好きで……。

そして今回のパワー・イン・ザ・ワールドは、最高だった。

凄まじい。最高のパワー・イン・ザ・ワールドだった。
物凄い声で気迫と渋さとうねりを全力で叩きつけてくるようなパワー・イン・ザ・ワールド。
エレファントカシマシ、宮本浩次の、パワー・イン・ザ・ワールド。

真っ赤な照明に照らされた宮本が、アルバム『扉』のジャケット写真と同じ表情をした瞬間があった。あのアルバムは私のお守りだ。
見開かれた瞳が赤い光に透けて、色が変わる。琥珀のようで、その瞬間、まるで、宮本は人ではないものようだった。

世の中の全ての歌を、自分の全てで愛して、歌の喉笛に喰らい付き、喰い破り、貪り、血肉にしてさらに愛し、笑う。そんな化け物。全てに立ち向かう化け物。侵し難い化け物。美しくて凄まじい化け物。そんな化け物だった。私が大好きな化け物だった。好きで好きでたまらない存在だった。

こんな姿が、他でもないパワー・イン・ザ・ワールドで見られるなんて思っていなかった。
今回の野音でパワー・イン・ザ・ワールドが聞けたらいいな、という希望は持っていた。演奏してくれれば最高になると分かっていた。
それでも、こんな最高なものを見せてもらえるとは想像だにしていなかった。
本当に好きだ。どうしようもない。好きだ。

声も歌も最高で、次々に変化する表情も最高だった。
全世界に戦いを挑むようや顔になったかと思えば、全てを超越した眼差しを見せ、次の瞬間は歌うことだけに全身全霊を注ぐ一人の男になる。化け物だけど、人間だった。必死に足掻く人間の姿だ。

演奏も最高に格好良かった。うねり、エネルギーの塊だった。
でも本当にこればかりは、私は、宮本浩次にひれ伏し、吸い寄せられ、ただ見て聞くしかできなくなった。息をするのも忘れそうだった。

宮本が石君のギターを呼ぶシーンが大好きでツイッターでも過去に連呼したが、今回は手の動きで呼んでいた。格好いい。それを受けて最高に格好いいソロを披露する石君。格好いい。

曲終わりの「パワー・イン・ザ・ワールド!!」で、ぎゅっと力強く握られた宮本の拳が愛おしかった。そこには宮本浩次という人間の健気さがあった気がする。

「枯れ果てた大地の一輪の花」

宮本浩次がどうしようもなく大好きだ。化け物で人間の宮本浩次が。


M14 悲しみの果て

「じゃあ、聞いてください。ワーントゥースリーフォー!」

興奮冷めやらぬまま『悲しみの果て』。
この曲は……、最近はいろいろな披露の仕方があり、それらもとても素晴らしい。しかしこの曲ばかりは「エレファントカシマシの『悲しみの果て』」が最高峰であると思ってしまう。聞くとどうしてもそう思ってしまう。素直で難しくて、最高の曲。「エレファントカシマシの『悲しみの果て』」という塊で存在している

ギター、と石君を呼んで顎で前に行けと指示する宮本の顎クイは最高に格好いい顎クイ。
それに応える石君のギターソロは最高に格好いいギターソロ。


M15 RAINBOW

「違うんじゃない?」
「来てからでいいよ」
「俺はいいや、俺はいい。俺はいい」

……と何事か指示をしていたかと思えば、一瞬でRAINBOWに突入。この歌のテンションに一瞬で到達する宮本が凄い。そして突然始めてもビッタリ合う演奏。脅威。

これも格好いい。そうとしか言えない。
野音の映像(ダイジェスト)と、あのべらぼうに格好いいMVを思い出す。格好いい。このバンドは本当に格好いい。
青紫の光の中、縦横無尽に歌う宮本。跪いて身をよじり、全身から絞り出すように歌う。腰を落として唸りをあげる。股覗きと、カメラを追い払う仕草もたまらなく良い。
難しい曲だ。よくこれでピッチを狂わせず言葉も濁らせず走り抜けられるものだ。
エコーのようなコーラスがリアルタイムで入る。今歌った宮本の声が重なる。

曲終わりの仁王立ちが格好良すぎ。


M16 ガストロンジャー

水を飲んでいる後ろ姿が美しい。そこからカウント、

「ワン、トゥー、スリー、フォー!」

一瞬で前のめりのガストロンジャー形態へ。
珍しくいつもはあまり噛まない箇所で噛んでいたような気がするのは、直前がRAINBOWだからだろうか。(酸欠気味という意味で)
曲順が鬼であることをあまり気にしないし最後にはなんとかする宮本浩次。

しかし声が出る出る。
男椅子を前に連れてくると、浮かび上がるような軽やかさで椅子に乗り、何の問題もなさそうに歌う。驚異のバランス感覚と体幹だ。パイプ椅子の座面と背もたれに立って歌うあの状態、エレファントカシマシファンには見慣れた光景だが客観的に見ておかしい。絶対に真似をしてはいけない。

キーボードとの掛け合い、サポートギターとの掛け合い。魔法使いか超能力者かという仕草が楽しい。

下からアオリの画面は、中心の宮本と、その長い足で切り取られた三角の中にトミがいて、左右に石君と成ちゃんと男椅子が、さらに左右にサポメンがいる。絵画のようだった。

赤い光の中、全身を使ったステップとシャウト。
曲終わりの静止が格好良すぎる。


M17 ズレてる方がいい

これも1音(+第一声)で分かる曲だ。
宮本の声のうねりとリズム隊の地響きが掛け合いになって、そこにギターが絡んで、最高に格好いいグルーヴ感。
低音部から高音部まで、とにかく声が出ている。凄い。

サポギタくんの肩に一瞬肘を置く宮本。楽しそうなサポギタくん。
続いて石君を成ちゃんのところに連れて行く。ぽいと放るようなやり方が何度見ても愛おしい。

石君を視線と手の動きで呼んで、一瞬のギター会話。その後すぐに、前へ行けと指示。石君はもう少し会話したそうだった。しかしそのころ宮本はすでに成ちゃんや細海さんとギター会話をしていた。忙しい。

終わり方、男らしくて格好いい。


M18 俺たちの明日

「ワーン、トゥー、ワントゥースリーフォー!」

エレファントカシマシが歌うから「さあ頑張ろうぜ」がこんなにも純粋で優しくて、押し付けがましくない言葉になる。力強いのに決して暴力的ではない。それは、誰かの心に土足で踏み入るような真似を絶対にしない真面目で真剣な男たちが、上り下りの人生を経て歌うからだろう。

上着は肩に引っ掛けねばならぬ。
ポケットには手を突っ込まねばならぬのと同様に。

「行くぜエヴリバディー!」
「もういっちょうー!!」
「さあ、まだまだ行けるぜー!」
「いっちょやってやろうぜ!」

部屋にいる歌と同じく今回は、まだまだ行ける、行こうぜ、いっしょに、とたくさん歌ってくれていたように感じた。

曲の終了後、

「どうもありがとう。1部終了です」
「まだ2部がありますんで」
「1回引っ込みます。また、また出てきます」

毎度のこれ、なんというか非常に大好きなんだが、同時に「大丈夫ですよまた出てくるってみんなわかっていますよ」と安心してもらいたくもなる。宮本の可愛さが滲み出る台詞。

はける時、両手投げキスで歓声が上がっていた。



第2部

引っ込んでから3分で出てくるメンバー。早い。宮本は別デザインの白シャツに着替え。裾はアウトへ。深々と礼をして、

「ありがとうございます。じゃあ第2部」


M19 ハナウタ〜遠い昔からの物語〜

「ワーントゥースリーフォー!!!」

第2部もとにかく声が出ている。なんて綺麗な声なんだろう。
とても丁寧に、大切に歌っていた。ハナウタは元々いい曲だが、さらに凄くいい。こんなにも歌の上手い人が、常に努力と試行錯誤を続け、歌えば歌うほど上手くなり、表現力が増しているというのは、本当に凄まじいことだ。

最後のシルエットが美しい。
歌と音と一体になって伸び上がる、美しい所作。


M20 今宵の月のように

「ここが痛い」
「靴の踵が高いから足がつってきちゃって」
「この辺に低い、楽屋に置いてあるやつ置いといてもらえる?」

小声の指示。交換用の靴を頼んでいる。走り回ったり爪先立ったり、片足上げたり四股を踏んだり、足は疲れるだろうと思っていたが、今回は他にも原因があったようだ。

『今宵の月のように』はやはり安定感が違う。
認知度の高い曲や長く演奏している曲であろうと、宮本もメンバーも『流す』ことなく、毎回リハーサルを怠らず、本番も緊張感を持って向きあっているからか。曲は全て安定度を増しながら磨き上げられてゆく。

宮本、舞台上手に向かって何事か指示をしたあと、急いで歌に戻った時、口元がマイクにぶつかっていた。こういうところも愛おしく思ってしまうのだ。


M21 友達がいるのさ

アコギを下ろし、おもむろに靴を脱ぎ始める宮本。客席が静かにざわつく。

「これ。4センチ」

脱いだ靴と持ってきてもらった靴を、律儀に見せてくれる。客席から笑い声が上がる。

「で、やっぱりね、長く、足が長く見えるから、4センチのに……」
「ずっとこう(背伸び状態)やってるから、ちょっと低い方が歩きやすくなってきた……。ちょっと、交換します靴、3センチ」

このときの表情がとても可愛い。照れたような笑みだった。客席からは拍手。

「魔法のブーツで、あの、4センチで。足がね、やっぱ細いズボン履いたときに、長く見える……」

このMC、話し方も内容もべらぼうに可愛い。
そして何気に履き替える態勢が凄い。立ったまま。体幹が鬼だ。靴下は白だった。

「失礼しました。こっちのが歩きやすい」

テクテクと周囲を歩いてみせる。しかし3センチの靴に履き替えた宮本の足もやっぱり長くて、というか靴を脱いでいる状態でも十分長くて、やっぱり長いな、としみじみ思った。なんと可愛い人だろう。


そして、メンバー紹介。

「オッケー。みんな、本当に、今日はありがとう」
「オンキーボード細海魚。昔からの友だちです。最高のキーボーディスト」

細海さんは両手を合わせた可愛いポーズで深くお辞儀。

「そしてオンベース高緑成治。成ちゃんですイエーイ! 今日もダンディに決まっています」

成ちゃんは渋く一礼ののち、帽子に手を添える。

「そしてオンドラムス冨永義之! トミー! バンドの兄貴! イエーイ」

トミも座ったまま一礼。右手のスティックを軽く掲げる。

「そして石森敏行。石君です。イエーイ。相棒」

ぺこりと頭を下げた後、宮本に右腕を高く掲げられるいつもの挨拶。宮本が差し出している左手に石君が自分の右手首をすっと差し入れるのがなんとも。

「そして佐々木貴之! イエーイ!『Easy Go』を一緒にやってますからね。素晴らしいプレイヤー。若いです」

にこにこして頭を数回さげる佐々木くん。やっと名前が分かった。失礼しました。佐々木くん、他メンバーの紹介の時はパチパチと拍手していた。

「そして私が宮本です。よろしく。エレファントカシマシです。今日はこういう六人のメンツで。野音。エヴリバディ……」

歓声。のち、静まる客席。
すっと暗くなる照明。
水分補給をする宮本。
一瞬の静寂。
そこからの「おい」。たまらない。

『友達がいるのさ』は様々な意味で特別な曲なんだろう。
宮本がシャツの前を開く。胸元を、魂を晒す。宮本が東京の街を歩いている。電気の消えた夜を。夜明けを。野音の舞台がそのまま世界だ。友達がいる。

偏執、哀愁、の時の指先の美しさ。
飛び立つぜ、歩き出そうぜ、の力強さ。

「ありがとう。歌と演奏はエレファントカシマシでしたありがとうエヴリバディ!」
「おい! 出かけよう! 明日も! 明後日も! 明々後日も! 来週も! 再来週も! 来年も! 行こうぜエヴリバディ! 一緒に!! どーんといけ!!」
「歩くのはいいぜ! 立ち止まったっていいぜ! 斜めでも! 後ろでも! なんでもいいぜエヴリバディ!!」
「野音! また会おう!!」

全力を出し尽くしふらつく宮本を全力の演奏ががっしりと支えて、支えられた宮本は立ち上がりさらに全力で歌う。石君のリズムの取り方が格好いい。
両手で手を振り、投げキス。
最後は見事な『おならぶー』。あえて格好よく終わらないところも好きだ。


M22 かけだす男

「長い? 長いかな。大丈夫?」

……と。ここで時間を気にする。

これも「ああー!」となった曲。大好きな曲。
Demoバーションの面影を感じて余計にぐっときた。男臭いこぶしとシャウト。重いドラムと重いベース、切り裂くようなギター。洗練のアルバムバーションも好きだが、この男気と重さが、シャウトの重さに負けないヘヴィな世界観が好きだった。
衝動と激重のDemo、どこか乾いた風を感じるアルバム。今回の『かけだす男』はそのはざまにありながら、どちらでもない。
衝動と重さと乾いた哀切に、高揚と激情と表現の豊かさが加わり、絶妙なバランスが生まれていた。何より宮本の歌い方がしびれるほど格好いい。


M23 so many people

かっっっっこいい!!
『so many people』はいつやってもどうやっても格好いいが、今回もやっぱり格好いい。歌も演奏も格好いい。

そしてやはり丁寧だ。
今回の野音は全て本当に丁寧で、宮本はどの歌もとても大切そうに歌っていた。甘いとかぬるいとか、そういう意味ではなく、良い意味で、だ。
歌が持つ力を最大限に引き出して届けようとする意識が隅々まで行き届いていた……と言えばいいのか。

今日の1日しかないから、全力の声で歌っていたのだろうか。アスリートが試合当日に合わせてピーク調整するように、声のピークをこの1日に設定し、使い尽くす覚悟だったのだろうか。今年の野音は今日しか無い。

締めの部分。
「よろこッ(珍しく引っかかる)、よろこっ(アドリブ)、よろこびを!!」
ここ、歴戦のボーカリストでフロントマンだなあと思った。突発事故も実力で演出にして、最後にはパフォーマンスとして纏め上げる。


M24 男は行く

ここで「男は行く」「男は行く?」「男は行く」という会話が聞こえる。もしかして、セットリストにはなかったのか。それとも順番を変えたのか。
男椅子に座り、

「じゃあ野音なんで」

そう言って始まった『男は行く』。
凄く良かった。凄く良かったばかりで本当に申し訳ないが、凄く良かったのだだから許してほしい。
声が最高にいい。そして歌が最高にうまい。もうどうしようもなくうまい。この曲を歌えるのは宮本だけだ。他の誰にもこの曲は歌えない。このパフォーマンスはできない。そう思わされる絶技。伝統芸能じみた色彩さえ帯びた、どんな枠にも収まらない音楽作品で身体表現作品だ。

演奏も良かった。宮本がどんなに溜めようが、唸り上げてこぶしを効かせようが、こゆるぎもしない。どんと構えて余裕で合わせて盛り上げてゆく。なぜ合わせられるのかさっぱり分からないシーンが続出だ。音楽に詳しい人に訊いてみたい。

アドリブのギターがまたいい。ギターと宮本の声が掛け合いながら絡むシーンは非常にセクシーでゾクゾクする。

石君との一瞬のギター会話。すすっと寄ってくる石君が愛しい。寄ってくる時も帰ってからも、じっと宮本を見ながら全てのリズムとリードに対応している。
宮本の背中を射抜くような視線で見つめ続けるトミの力強いドラム。
この変則曲の濁流を根底でどっしりと支える成ちゃんのベース。
椅子から立ち上がり、身をかがめ、座面を踏みしめ、身をよじり、また座り、全身で搾り出すように歌う宮本。

「俺はお前に負けないが、お前も俺に負けるなよ」

これがきっと全てだ。
全力の歌もパフォーマンスも、練習と経験と自信に裏打ちされた余裕も、落ち着きも、漲る気迫も。全てがここに注がれている。
自分に厳しい、素直なひと。望むがままに生きていってほしい。

私は『俺』も『お前』も大好きだ。
ずっとずっと大好きだ。愛している。

「ありがと。『男は行く』でした」
「第何シングルだ(石君の方を見て)。シングルですから。ヒットしなかったですけど、残念ながら」
「最初がもう『デーデ』という曲で。売れたためしがないですから、シングル」
「男は行く。シングル『男は行く』でした」

宮本のぼやきMCに笑っているトミが可愛くて仕方がない。


M25 ファイティングマン

上記のMCから「じゃあ」と言って石君に合図、と同時に、石君のサングラスをぴっと額に跳ね上げる。やっと石君の目が見えた。ちなみに、おでこの眼鏡は曲中どんなに動いてもずれなかった。

イントロを聞いただけで胸が高鳴る。格好いい、格好いい曲だ。
これが32年前、ファーストアルバムの一曲目だったということと、エレファントカシマシの初期と呼ばれる時代が商業的には決して成功と言えなかったことを思う。その頃のエレファントカシマシを私は知らない。
その上で、ファイティングマンをやり続けながら生き残り続けたエレファントカシマシの凄さを思う。
絶対にいい曲だという自信。必ず伝わるはずだという希求。伝える方法があるはずだという模索。今こうして実っている全ては、彼らと彼らを支えた力の結晶だ。


M26 星の降るような夜に

「わーん……。とぅー……。ワン、トゥー、ワン、、、」

可愛いカウントの取り方から『星の降るような夜に』。巻き舌が格好いい。
設置されていたコーラスマイクを石君に突きつける。結果、石君マイクにぶつかる。「歩こうぜー!」のコーラス要求だった模様。今回は石君のコーラスが複数回聞けて嬉しかった。ちなみに石君のサングラスはまだおでこだ。

練り歩きながら歌う『星の降るような夜に』は、じっくりと語りかけるような歌い方で、物語を聞いている気分になる。朗読劇のように歌の世界が染み入ってくる。

歩こうぜ。
部屋にいる歌を歌う宮本に、エレファントカシマシに、こう言われると、うん、と頷いてしまう。優しくて可愛い曲。

石君の首根っこを抱えて、頬を寄せるようにして一緒に叫ぶ「歩こうぜ!!」。見た瞬間、涙が出た。いつかの日には当たり前だった、けれど今の世の中では貴重な光景だ。一瞬だったが胸が熱くなった。いつかまた、当たり前になりますように。

曲の終わり。ひっそりとした演奏とハミングがとても優しい。


M27 風に吹かれて

ここでも「風に吹かれて」と指示を出していた。やはり予定より曲数を増やしたのか。

「みんな今日はありがとう。思ったより長くなっちゃったけど」
「凄い、最後までほんとに真剣に、素晴らしいコンサートになりました。ありがとエヴリバディ」
「みんないい顔してるぜ。多分。マスクしてるからよく分かんないけど。いい目してるぜ」
「格好いいぜエヴリバディ。またよ、また会おうぜエヴリバディありがとう!! 最高だぜ、みんな」

MC中の表情がとても可愛い。嬉しそうに笑う宮本を見るだけで胸がいっぱいになる。ちなみに石君のサングラスは目の位置に戻った。

「サンキュー、じゃあみんなに捧げます。ワン!トゥー!ワントゥースリー」

シルエットで浮かび上がるエレファントカシマシが、震えるほど格好いい。

『風に吹かれて』。これも私にとって特別な曲だ。
イントロの格好よさに撃ち抜かれ続けて早幾年、好きで好きでたまらない気持ちは色褪せない。アルバムで聞くたび、宮本の乾いた、優しい悲しい声が静かに突き刺さってくる。

今日の『風に吹かれて』はアレンジも格好良かったが、宮本がしっとりとしていた。優しくて悲しくて、切なくて、しかしとてもあたたかかった。声の伸びも絶品で、色々な動きも仕草も「みんなに捧げます」という言葉そのままの、心からのパフォーマンスだった。

宮本の歌の根底に流れるあたたかい寂寞が好きだ。孤独は悪ではないと教えてくれる。
憂いを秘めた激しさ。世を斜に見る視線。茶目っ気。反骨精神。美意識。無邪気さ。しぶとさと諦観。それらを全て包んで、哀切が滲む。
優しくて厳しい。強くて弱い。溢れる愛嬌と際立つ孤高。とても近くて遥かに遠い、様々なもの。
相反するものを純度が高いまま持ち続けているひとは稀有だ。だからきっと、宮本は多くの人を魅了し続けるのだろう。

「風に吹かれて」
「素敵に、歩いていこう」
「明日もよぉ」

こう歌ってくれたことを、絶対に忘れないと思う。


歌い終えて、ギターを置き「ソーシャルディスタンスで。ぜひ。ソーシャルディスタンス」と言いながら細海さんを手招き。そのまま近づいていくから、せめて遠くから握手でも?……と思ったら、普通にハグ。細海さんの小柄さと、はにかむように笑う宮本の表情が印象的だった。

「ソーシャルディスタンス、イエーイ」と言いながら成ちゃんとハグ。成ちゃんは右手を宮本の背に回す。成ちゃんの背の高さと腕の長さがよく分かる。優しい微笑みが男前。

トミは両手でがっしりと。互いに力強く男らしい、グッとくるハグ。なんだかブロックがはまるように、がっちりはまっていた。トミがにこにこ笑っているとこちらまでにこにこする。

石君は宮本の背に腕を回さず、下に下ろしたまま(少し照れ臭そうに手が動いていた)、ぎゅっと抱き締められていた。されるがままなのが、なんだか抱き枕みたいで少しおかしい。石君、宮本の抱き締め技にのけぞった後、楽しそうに笑っていた。

佐々木くんは自然なハグ。なんだろう、若いからか。宮本の脇腹と背に優しく手を添えていた。笑顔が可愛い。動きも表情もとても可愛かった。

成ちゃんトミ石君とハグするとき、宮本の持っているマイクに『どっ』という力強い音が入っていた。ちなみに石君との時が一番大きい。ああ、宮本だなあ、と思う。

「ありがとうエヴリバディ」

全員で手をつないでご挨拶。ここでは石君が率先して宮本の左手を鷲掴みにしていて、案外荒っぽく雑な動きが妙におかしい。
ぴょこぴょこ飛び跳ねる宮本。みんな、引きずられても嬉しそうに笑っていて、画面のこちらにいる私まで笑顔になる。本当に本当に楽しかった。嬉しかった。素晴らしかった。
頭を下げたまま左右への蟹歩き。手を振って、投げキス。最後マイクを通さない「お尻出して、ぶっ!」も、はっきり聞こえた。
あんなに格好いいのに、どうしてもこれをやりたいんだな。

はけて行くみんなに拍手を贈った。
全く見えないだろうけど。



アンコール

En1 待つ男

はけたと思ったらすぐに出てきた。宮本は黒シャツ。凄い着替えスピードである。

「ありがとう」

合図、即『待つ男』。
真っ赤な照明の中、これぞエレファントカシマシ宮本浩次、という歌唱。
本当に、本当に歌がうまい。なんという迫力だろうか。声のひとつひとつ、歌詞ひとつひとつ、表情ひとつひとつ、体の動きひとつひとつ、全てにエネルギーが満ち溢れている。アンコールとは思えない声の伸びと力強さ。本当に、全身から何かが出ている。
演奏の分厚さ。トミのドラムが凄まじい。叩くもとめるも全身全霊。成ちゃんは絶対に揺るがない。石君のギターの音の厚みと自在を改めて知る。
会場は固唾を呑むように聞き入っていた。当然だ。これは聞き入るしかない。

宮本の、地響きのような「うあああああああああ!!!」という声。ただ一人の男の体から発せられているとは思えない、凄まじい声。シャツのボタンを引きちぎり、地面を踏みしめ、絶叫する。
何者の追随をも許さない世界。

最後、爆発するような絶叫と、一瞬の静寂の後。客席から堰を切ったように拍手と歓声が上がる。

そんな中、宮本は客席を睨みつけ、歌舞伎の見得を切るような凄絶な顔を崩さない。荒い息で肩が揺れていた。

最高の『待つ男』だった。わたしごときの半端な一ファンが言うことではないが、『待つ男』ベストの一つなんじゃないだろうか。そんな出来だった。
これをアンコールにやる、やることができるエレファントカシマシが大好きだ。

拍手の中、宮本がマイクを置き、ようやくふっと表情を和らげる。
剽軽な表情で投げキスを飛ばし、無言ではけてゆく。
振り返らず、しかし両手を一度上げて。

宮本の背中は格好良かった。世界一、格好良かった。


2時間45分、合計28曲。

凄まじいものを見せてもらった。
1曲目の『夢のちまた』の時点で凄さのあまりこみ上げてくるものはあったが、2曲目の『DEAD OR ALIVE』で、いま私は大変凄まじいものを見ている、とはっきり自覚した。

そこから先は、怒涛だ。
必死に食いついていく至福の時間だった。
配信ライブが終了した後はしばらく放心状態だった。何もできなかった。そのくらい、精神的に入り込み、満たされ、感激と疲労感が凄かった。
アーカイブも何度も見ている。配信チケットの素晴らしいところだ。
視聴可能な7日の23時59分まで、時間が許す限り見続けると思う。配信という決断に、心から、心から感謝している。

映像化が発表される事を願ってやまない。


……単純に『ほぼMCなし休憩なしで高難易度の曲を全力で2時間45分、28曲、最高の演奏をバックに最高の声で歌い続ける』というのは、ストイックの極みを超えて、荒行に等しいと思う。神懸かり的な所業と言っていい。最高の歌を支え最高の演奏し続けるのも同様に。
これは、エレファントカシマシを見ているとなんとなく受け入れてしまうが、改めて考えるまでもなく常軌を逸する凄まじい気力と体力だ。

メンバー全員、彼らのやっている事は凄まじい。

そんなことをふらふらの頭で考えるうち、こんな長文が生まれた。
ここまで読んでくださった方。もしも、いらっしゃったのなら、本当にありがとうございました。


綾湖ちい
2020年10月7日

あと3時間半で今日が終わるので、もう一度アーカイブを見てくる。

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