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ミャンマーの友人から届いたメッセージ「死ぬ時くらい人間として認めて…」

ミャンマーで新型コロナの感染爆発が起き、毎日、友人や知人の家族、親戚が次々と亡くなっている…。

友人の一人からメッセージが届いた。できるだけ多くの人に伝えたいということで、ここで紹介したい。

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「死ぬ時くらい人間として認めて…」
今、ヤンゴンでは現地ボランティアたちによると1日のコロナ死者が1,000人越えといわれている。
2日前、私の叔母さんも移動中に急死した。死体はどこでどのようにされたのだろう…
私と同じく、家族や友人の死に最後の最後の別れも世の中とは違って、みな罪悪感をもちながら、さよならしていかなければいけなくなっているのだろう…
インドでは宗教の習慣もあってか、亡くなったら直ぐに焚き等で巻き込み火葬されたり、ブラジルではお墓の人たちが大変だっただろうが墓地にて埋葬されたりしていた。他の国でももちろん人の死には人間らしく最後まで送ることが出来ていただろう。戦争じゃないだから、いや戦争でも確か戦死者たちのお墓が世界各地で整備されていることから、その時人の死にはそこにいる人々できちんと最後まで送ってくれていたからだ。それは、戦争の時代から、人に対する生まれつきの人権は尊重し守られていた証だ。
今のミャンマーでは、コロナで亡くなった人の死体が決められた墓地・火葬施設領域で置き去られているのだ。もちろん、軍に射殺されて人知らずに亡くなっている人もたくさん。
火葬施設は軍側機関で運営され、キャパ超えて、家族や友人も死体の火葬されるまで待てずに床に死体が転がったまま置き去ることがほとんどになっているのだ。どれだけ悲惨な状態なんだろう…
デルタ株のような症状を出し、体内酸素が不足で急死するケースが急増しているが、現地ネットメディア等によると、なぜか軍側は酸素タンク販売店や酸素生産工場等を一方的に営業停止させていた。結果、今の一日の死者1,000人を超えることになったのだ。その一方、彼らの下で運営されてる火葬施設では死体が積もって来ている現象が起き、人の最後の最後だけの人権でさえ守られていないのだ。
ミャンマー市民はテロ軍に好き勝手にされ続いているが人の死くらいにはInternational Human Rights Lawというのを期待し、何とか守られたいのだ。この法律は戦場であっても人の生まれつきの人権を守ってくれる法律だと私が信じている。決して、それは、経済や政治が安定されている国にだけに働くのではないだろう!!
もし、そうではないなら、今ミャンマー市民の死を人として死なせてください…最後の最後の人権だけでも守られるようどうか助けてください…
お願いします…
19th July

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人間らしく生きたい、亡くなった方をきちんと見送りたい、死ぬときも尊厳をもちたい、そんな悲痛な想いが伝わってくる…。

日本では、「人権」という言葉は、正義感をふりかざす、うるさい人が発する言葉だ、理想でしかないということを、ときどき耳にする。

しかし、人間らしく生きて死ぬこと、その尊厳を守ることが「人権」だとするならば、正義感や理想というくくりで、横に置いてしまって、考えることをやめて、本当にいいのだろうか。

軍が市民の支援活動を取り締まっているミャンマーに対して、日本からできることは限られている。しかし、たとえ大河の一滴であっても、それが誰かの尊厳を守ることにつながるなら、何かしたいと、心から思う。

よかったら、こちらの基金にご協力ください。

そのほかの寄付方法についても、こちらで紹介しています。


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