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インド滞在記 day1: アーユルヴェーダ萌え

一年ぶりのムンバイ空港、去年こわごわ足を踏み入れたインドだけれども、何がそんなに怖かったのかほんとうに謎なくらい、今回はインドに来るのが違和感がない。空港をウロウロ歩いていても気が楽で、夜はぐっすり寝れた。なに、この実家感....

去年インドでアーユルヴェーダという伝統医療(のパンチャカルマというデトックス療法)を受けて、アーユルヴェーダが大好きになった。以来、インドとの心の距離がぐっと縮まったように思う

アーユルヴェーダの萌えポイントはたくさんあるが、総括するとその効率のよさ、シンプルさ、無駄のなさ、合理性に美しさを感じる。以下、アーユルヴェーダの萌えポイントを5つ紹介したい。

萌え1: 植物が大活躍

アーユルヴェーダの治療で主に使われるのが植物(とギー)という点はとても萌える。オイルマッサージも、下剤も、内服薬も外用薬も植物が主に使われる。
(ちなみに牛のミルクから作ったギーも万能で、皮膚に塗ったり、デトックス療法の一環でオイルとして摂取したりする)

植物は偉大な存在で、そもそも植物がいなかったら地上に酸素は増えなかったし、人間はいなかった。私たちが毎日食べているものも、植物に由来している。
鶏や牛、魚など、一見すると植物と関係なさそうな生き物も、元を辿ると植物を栄養源にしている(海の生物だと植物プランクトンを摂取する)。

人間にとって大事で偉大な友達である植物。その植物が、人間の体を治してくれるというのがとてもとても萌える。わざわざ色々な先端技術を使って精製した薬を使わなくても、元々地球にあった素材を使えば体を治療できるというのが嬉しい。

萌え2: 仕組みがシンプル

アーユルヴェーダでは自然界を三つの要素(ヴァータ、ピッタ、カパ)のバランスで捉える。体の不調に対しても、これら三要素のバランスを整えていくというアプローチを取るのがわたしはとても好きだ。
外科、内科、耳鼻科、皮膚科....と細かく専門化した西洋医学とはアプローチが違う。
表面化した問題や症状にモグラたたき的に対処したとしても、根っこにあるアンバランスさがそのままであればまた問題は出てくる。
問題の根っこに直接切り込んでいくアーユルヴェーダは、無駄がないなと思う。

萌え3: 台所と健康が直結

アーユルヴェーダでは、食べ物が薬でもあるという点がとても生活をシンプルに気持ちよくしてくれる。

キッチンファーマシーという言葉があるが、台所で使うもので体のメンテナンスや治療ができるとアーユルヴェーダでは考える。余計なモノを揃えなくていい。

食べ物は食べ物、医療は医療、と分断されていると自分の健康がブラックボックス化してしまう。不調が起きた時に外部の専門家(医者)やサプリのようなモノ頼りになる。自分の体のことなのに、部外者に判断・介入してもらわないと回復できないというのは実は窮屈だ。

一方で、台所と健康を一体的なものとして理解するアーユルヴェーダの視点があると、自分の体に対する力(sovereignty)を自分の手元に置いておくことができる。知識を修得すれば、自分の体調を自分で観察・判断して、その時々で必要な処置を食べ物をとおして施すことだってできるようになる。

その裏には、体が本来持っている治癒力への信頼感がある。自分の体には自分を治す力がある、と信じられるようになったことが、私にとってはパンチャカルマで得られた最高の宝物だった。自分の体への信頼を取り戻すことで、これまでにない安心感や、軽さ、自由を感じることができるようになった。

日々の食事や台所でつくられるものと健康を紐づけて見るアーユルヴェーダはとても理にかなっているし、自分の健康を自分で作れるという自己信頼につながる。

萌え4: 体の内と外が曖昧になる

西洋的な発想では体の外と中を明確に区別する。外用薬と内服薬は別物で、体に塗る薬を口にすることは基本的にはない。
ところがアーユルヴェーダでは、食べ物でもあるギーを体にぬったりするし、デトックス療法の一部として経口摂取したりする。
体にぬるオイルを、ヴィレチャナという浣腸療法では腸に入れるし、ナスヤという療法では鼻に入れる。
体の中と外が、思っていたほど分断的なものではないのだということが実践をとおしてみえてくるのが面白い。

萌え5: 心と体を一体的に扱う

アーユルヴェーダでは心と体を一体的に捉えている。
緊張するとお腹がいたくなったり、何かホッとすることがあってぐっすり眠れたり、心と体が密接に関わっていることは日々の生活のなかで実感することだと思うが、現代医療ではなかなか心と体を統合的に見ることが少ない。

去年のパンチャカルマでは、胃腸の弱さ対策としてヨガを処方されたり、思考を使いすぎない方がいいとアドバイスを受け、瞑想(呼吸法)も教わった。なんとなくヨガはいいよね、とか、瞑想はいいらしい、とかいうイメージはあったが、体の治療の一環として、ヨガや瞑想・呼吸法が処方されるのがとても面白かった。

こういうのはやってみないと分からないし、私はなんでも自分で人体実験するのが好きなので、何はともあれ素直にこの一年、ヨガも瞑想・呼吸法も続けてきた。まだうまく言語化できないが、どれも、本来の自分の持っているペースに心と体を戻す役割があるように思う(そのように意図するならば)

体を機械のように扱うのと、魂のある存在として扱うのでは、日常の経験が全く違ったものになってくる。いかにこれまで体を機械のように扱ってきたか、体を大事に慈しむとはこういうことか!ということをパンチャカルマで学んだ。

そんなこんなで、すっかりアーユルヴェーダが好きになり、これから2回目となるパンチャカルマが始まる。とても楽しみだ。

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