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「売れる」空気の作り方

「ただいまより、機内販売を開始いたします。本日のお勧めの商品は、弊社選りすぐりのバイヤーが世界を飛び回ってセレクト致しました……」

飛行機で仕事をしていたころ、商品を販売するという業務があった。この業務は私たちの仕事においてはやや特殊で、得手不得手があった。

これがまた、興味深いのである。
売れるときは、驚くほど売れる。国内線では飲み物をサービスした後に、大きなカートの上に商品を並べて通路を練り歩き販売した。売れる時にはそのカートからまるで得体の知れない魔法の粉でも散布されているかのように、機内に変化が巻き起こる。

その変化を起こすために、いくつかの手順を踏む。
まず、アナウンスだ。より効果的にお客様の耳に届くように、魅力的なキーワードを点在させる。
流暢なアナウンスだと耳に心地よく流れて終わってしまうので、わざとたどたどしくアナウンスする、というツワモノもいた。
次に照明である。「これからはお買い物の時間です」ということを演出するために、今までのお飲み物サービスから一転、違う色の照明にする。できれば購買意欲を掻き立てるような暖色系が良い。
そしてカートだ。カートは機内の備品が詰め込まれた少し薄汚れたものなのであるが、人目を引くため、「赤」の力を借りる。乗務員は赤い布を持っていて、機内販売になるとその上に商品をディスプレイする。お客様の目に止まるようにとの演出だ。

カートで機内を練り歩く際、決して押し売ってはならない。「いかがですか?」と声をかけるとお客様は瞬時に目をそらす。目を向けてもらうためには、「売っています」ではなく、「買いたくなります」の演出が必要となる。

一人のお客様が商品を見始める。するとそこに、「ちょっと買いたいかも」という小さな空気の塊が生まれる。色にたとえるなら、淡いさくら色であろうか。チャンスだ。そこで商品を持ち上げてみたり、必要以上に大きく動いてみたり、はたまた反対側の客室乗務員にジェスチャーで違う商品を持ってきてもらえるようにお願いしてみたりする。すると赤みを帯びた空気がどんどん拡散されていく。両隣にも、前後にも流れ込んでいく。
まるで亜熱帯低気圧が勢力を増していくように徐々に徐々に大きくなっていく。

そしてある瞬間、ぐわんと成長して台風になると、猛威を振るうのだ。その様子を少し離れたところから眺めていると、本当に強い風が全てをなぎ倒すような力で、人々の目を奪っていくのである。
こうなれば流れに身を任せておけばよい。次から次へと人々が台風に巻き込まれていく。買いたい気持ちが前から後ろ、右から左に流れ込み、人々の心をかっさらう。「これも見せて」「あら、これもいいじゃない」という言葉を餌にどんどん勢力を増し、「こちらの商品、残りあと一点なんです」の言葉が大木をなぎ倒す。

正直、素晴らしい商品ばかりとは言い難かった。だが、魅せ方、演出によって空気が変化し、人々を巻き込むのだ。SALEという文化もこれと同じであると思う。花の都パリでも、SALE文化は根強い。毎年、パリ市長が「今年のSALEは○月○日からスタートです」と宣言し、その日から一斉にスタートしなければいけない。フライングは許されない。国をあげてのお祭りである。そしてそのお祭りに参加するために世界中から人々が押しかける。

人は商品が素晴らしいから買う、というわけではないことを目の当たりにした。楽しい、ワクワクする、という空気を感じた時に、その空気伝導によって体のセンサーが働き、購買意欲が掻き立てられる。そうなると「購買意欲」とは「参加したい、体験したい」という言葉と同義語なのかもしれない。人は、機内でのわちゃわちゃとした雰囲気の中で、買い物という行為に参加したいのだ。パリという美しい都市で、SALEというお祭りを体験したいのだ。

そしてその伝導は、最初の段階である程度乗務員の力量で作り上げることができた。早い段階で乗務員がワクワクの粉を散布するのだ。それは決して、「売りつけたい」という気持ちがあってはいけない。その気持ちはどんなに小さくとも、これまた面白いことにお客様に伝導してしまう。「お客様と一緒に今日この時間を思い切り楽しみたいのです」という思いで散布した時にだけ、購買意欲が台風へと変化した。

これからの時代、ますます「売れる」ためには「参加型・体験型・ワクワク型」という要素が必要不可欠となるであろう。モノは溢れている。知識も、スマホで調べれば無料で手早く手に入る時代だ。先日、小物入れを購入した際、店員さんの生地の説明が印象的でそのままレジに向かったことを思い出した。「とても楽しい買い物ができました」と言った記憶がある。モノと同じか、それ以上に買い物という行為に価値を見出していた。その証拠に、小物入れはまだ紙袋から出されていない。

《終わり》

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