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排水管職人の紳士的仕事術から学ぶ、女性顧客の心を鷲掴みにする方法

二年だか三年に一度のマンション内水回りの高圧洗浄作業が行われた時の話である。

ご経験のある方はご存知かもしれない。
正直、面倒な作業である。
自宅にピンポーンという合図と共に数人の作業着姿の男性がワサワサと入ってくる。
瞬く間に床にビニールシートが敷かれ、バケツやら管やらよく分からない工具を持ち出して
トイレ、洗面所、お風呂、キッチンと水回りが占拠され、ブオンブオンと作業が始まる……。

事前に水回りを片付けておかなければならず、かつ家の中もぐるりと見渡されるので、まるで小学校の家庭訪問のような心持ちだ。

そんな家庭訪問が、日曜の朝に行われた。

早起きし、重い水回りの棚を引っ張り出し、移動させた。
作業に邪魔なものはすべて退けるので、上半期に一度の大掃除である。

時間になると一息つく間もなく、業者がピンポーンとインターホンを鳴らす。
まずい、私が準備不足だ。慌てて人前に出ても恥ずかしくない服装
(残念なことにペンギンがプリントされたTシャツワンピ)に着替え、お出迎えした。

作業員4名ほどがひっきりなしに自宅と作業場を行き来しては短時間で作業が進んでいく。

はじめに入室した年若い青年は、青いビニールシートを敷いたあと洗面所とトイレの洗浄に、
ベテランと思われる男性が二人ほど、交互にお風呂とキッチン周りの洗浄を担当した。

間もなくリーダーと思われる男性が入室し、キッチン周りを担当する。
私はリビングで、なんとなくスマホをいじりながらも様子を伺っていた。

しばらくして、リーダーがポツリと発した。
リ「お風呂、最近詰まりが気になりませんでしたか」
私「いえ、特に気にしていなかかったのですが」
リ「そうでしたか。拳大くらいの大きさの髪の毛の塊が配管を邪魔しておりました。
だいぶ流れがよくなるはずですよ」
私「そんなに大きな塊が……。お手数をおかけ致しました。ありがとうございます」

それからリーダーは黙々と作業した。

キッチンの排水口に持ち込んだ管を注意深く差し込みなにやら圧をかけ、ブオンブオンと作業する。

終了後、
「シンク周りの棚、外してくださいましたがとても重かったでしょう。よろしければこちらでお戻ししましょうか」
と声をかけてくださった。とても紳士的で丁寧な言葉がけである。
そしてよく見ると、紳士の作業着はパリっとして染み一つなく、ロマンスグレーの髪も美しく整い、水回りの作業員のイメージとは程遠いものであった。品格を感じる靴下を履いている。
猛烈に重く一人で移動させた棚を戻してくれるという紳士に、主婦のハートは動いた。

ハートマークになる目を意識しながら
「いいのですか!助かります!すごく重くて」
と図々しくも隣の部屋のドアを開け、見せてはならぬ恥ずかしい有様をチラ見させてしまいながらも
重い棚を二段、リーダーにお願いした。

リーダーはあっという間に棚を戻して
「次回からは私たちがやらせていただきますね」
と爽やかにおっしゃった。

高圧洗浄部隊のリーダーに、いよいよ目が離せなくなった。スマホをいじることも忘れ、リーダーの仕事ぶりを盗み見る。

その後、リーダーは、我が家のシンクを美しく磨いてくれた。全部で3枚のリネンを使用した。

汚いシンクを丁寧に手で拭い、二枚のリネンでシンクを交互にふき、最後に自身の作業着のポケットから乾いたタオルを取り出し、シンク周りを乾拭きしてくれたのである。
そしてそのタオルを畳んで作業着のポケットに戻した。

時間的に見ても、おそらく我が家がその日最初の仕事先であったと思う。
それでも乾いた清潔なタオルで拭いてもらえた優越感といったら。つい頬が緩んでしまった。

完全にノックアウトである。
人は、あなたのことを特別に思っていますよ、あなたを最も大切にしますよ、と自身の承認欲求をくすぐる行動を取られた時に弱い。ことさら主婦の最も悩みとする水回りを守ってくれる職人は神に近い存在なのだ。

いや、待てよ。もしかしたら、この「最後に乾いた特別タオルを作業着から出してシンクを大切そうに拭く」技は、この業界で主婦の視線を感じた時に行ういわゆる「落とし所」なのかもしれない。
けれどそうだとしても構わない。人間の承認欲求を実に見事に満たしてくれた技であった。

どんな職業でも、女性顧客の心を掴むとうまくいくと言われている。口コミするのは男性ではなく女性であるから。
特に顧客の自宅というプライベート空間に入って仕事するとなるとなおさら、主婦の心をキャッチする必要がある。主婦は、着用している靴下にまで意識が向く生き物なのだ。

仕事のスキルはいうまでもないが、身だしなみ、コミュニケーション、話し方、姿勢、あなたのキッチン周りを誠実にお守りしますよという態度、そういったものを女性目線で研究し、伝えることで
仕事への満足以上の感動を伝えることができる。そして顧客は、職業人のファンとなるのだ。

男性の皆様、女性目線でお仕事をより魅力的に表現する方法をお考えになってみてはいかが?

ただただ、着用していたペンギンのTシャツが悔やまれる。

《終わり》

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