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2022.11.18

今日は歌かギターのことを書きたいな。
Instagramに、私が良い!好き!と思ったことしか載せないと決めてアカウントを作って、作った頃に始めたばかりのギターや音楽に関することはいずれ載せたいと思った。
弾き語りをほそぼそと練習するようになり、だけど人前で歌うことは想定していないから相当な決意で、そうだ、何日か有る事無い事考えては怯え、考えを変えては明るい気分になり、を繰り返したある日自分なりの「意味」を見出して意を決して動画をアップした。
臆病を越えるために、アーティストや他の方々の作られた曲を勝手に歌ってもよいのか?またその動画を載せても大丈夫なのか?などの疑問を解消すべく著作権やビジネスの仕組みやソーシャルネットワークの特性なんかを必要最低限調べたり本を読んでみたりした。
音楽を奏でてみたいだけなのに、つくづく「仕事」人間なのかと愕然としたと同時に、社会の中で何かを発信することも誰かの仕事と無関係ではないし、受信してくれる人たちがいたら思いに無関心ではいられない、と私が思っていることを今までになく感じたのを思い出す。
こうやっていつも話が脱線してゆく。。よく言えば広がってゆく。。

2019年投稿した弾き語りからはそんな決意は読み取れないガサガサしたギター音だったが、その日のキャプションに書いた通り、

うたとギターを同時にできただけでも数ヶ月前の私には奇跡的
普通はとても上手な人が素敵な動画をあげるんだろうけど
今はこれでいいんだと思う

という初心を今でもときどき思い出してはマイペースに続けている。音楽の練習をするようになってから生き急ぐように焦る気持ちが緩まった。

語ると野暮。説明せんと分からへん。
この匙加減は紙一重と書くときに度々感じる。

今日は見いだした「意味」は語らないけど、
今日に思い出したことは書いておきたい。


弾き方を知らないギターを手にしてから弾き語りで歌うようになるまでも、それから今日までの毎日も、始めるまでは全く予想していなかった様々な感情の種類を体感することになった。喜怒哀楽よりもっと種類があった。
心が豊かな時間が基本になった。すべてにありがとう。

読んでくださってありがとうございます。日常の中や旅の楽しみとして写真を撮り、日々の思いを書き、ギターを弾き歌います。いただいたサポートでは記事に書いたポストカードなど作りますね。今日も素敵な1日を。