去る者追わず来るもの選ぶ

30代も後半になるとライフステージも様々。会わなくなった人、会えなくなった人がいる。

急にだれかのことを思い出して
その時の自分の感情も思い出して
懐かしさに浸ったり、そんな状況が恋しくなったり
たまに必要もないのに負の感情を纏ったり。


時間て素敵。

「あー そんなことあったねー あははー」
って諸々を許してくれる優しいヤツ。


***
でできた顔を振り返っていると
その瞬間に必要な人だったんだと。
その自分のステージに、環境に、価値観に
ふさわしい人だったんだと気づく。
その時の私の鏡はその時の近しい人。

今でも続いてるってことは、やっぱりまだ
その人が自分にとって必要であるということだし。その逆も然り。

きっともう、この人にとって私の役目は終わったな、とか
去っていくんだろう、という予感にはなんだか昔から敏感な方なので、すぐにわかる。そして当たる。


でも、それでいい。

***
こんなこと書くと冷たい人みたいだけど
人の人間許容量ってそんなにない。多分。
そして本当に必要な人って、そんなにいない。
友達多すぎる人のことは昔から疑ってしまうし、そーゆー人とは友達になりたいと思えない。笑

これはプライベートな物の見方かなぁ。
もちろん!私の歌を聞いていただく方の絶対数は、この先も増えていくに越したことないんだけど。都合はいいわよ。笑

ただ、今この考えに共鳴してくださる方が
私の歌にも共鳴してくださるんじゃないか?なんとなく。
私は素直な歌い手でいたいし、この考えが、歌そのもの、表現そのものになっているのだと思ってる。


***
一人の人にかける愛情を結構深く、丁寧に共有したいと思ってしまうたちなので、その人に、手をかけるまでにも時間がかかる。
心開くことって、時に自分を削ってしまう感覚もある。
結構日頃からopen-mindは心掛けているけれど
コアところになると未だにとても疲れるし。気づくと尽くし過ぎていたりする。

でも、おかげ様で愛情豊かな人生でーす。

やったね、らっきー。

人見知りって言葉は、いい歳なので卒業しているけれど
特に近しい人の、人選びは激しいのかもしれない。笑


上記の理由で、人が好き。
すっごく好き。

だからこそ、今後も自分の超絶大好きを使う相手は選んで行く。



触れたいけど伝えたいけど
触れられない伝えられない、状況もあるだろう。
そんな時は、歌で言う。
ああよかった、私には歌がある。笑


***
ちなみにステージを這い上がっていくことは非常に困難なこと。努力と行動、忍耐が必要だけれど
ステージを落ちてゆくことは、いとも簡単。
怠惰になっていたら、すぐ転げ落ちる。

見下して安心してる隙に、魔は忍び寄るから。

選ばれなくなる心配する前に、
今日も変わらず、がんばることとする。

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