対立する象徴の対立

今回は、空間と象徴について考えていくよ。

というか、主に右と左の話になるよ。

西洋魔術の要素と日本の文化とを混ぜようとするとヤバイくらいこんがらがるのが、この右と左と関係性。
手垢のつきまくった話題なんで、僕より詳しい人もたくさんいると思うけど、まぁわかりやすくサクッと話すよ。

まずは我々日本の話、東洋の話をしましょう。

東洋の左右

「左右」というくらいなので、まず左が優先され、右が続くのが日本。

天照大神が生まれたのは左目からで、月読命が生まれたのは右目からですね。
中国神話の盤古も左目が太陽で右目が月だったはず。

太陽の動きを眺めて、すなわち南方を向いて、日の出でる方が「ヒダリ」であり「ヒガシ」になるわけです。

世界を見渡せば、太陽と月の運動と不動の北天に注目することが非常に多いわけですが、
日本は中国的な思想も影響も多分に受けております。

天帝北辰に座して南面すべし。

地軸の先にある北天の不動の位置と、ドッシリ構える帝とを重ね合わせて、
その偉い存在が南方の星々の変化と世界の変化とを眺めるぞって考え方を基準に置いてるわけですね。

従って、

左:右
陽:陰
太陽:月 
昼:夜
聖:俗
貴:賤
浄:穢

あたりはサクっと対応してくることになります。

西洋(キリスト教)と右左

まずは聖書からコヘレトの言葉の10章2節を見てみましょう。

賢者の心は右へ、愚者の心は左へ。

右は英語で「Right」ですが、Rightは日本語で「右」「正しい」「権利」などの意味がありますよね。

キリスト教の神様的には「右=正しい」で、「正しい人には権利があるやろ」ってことなんですね。

なんで「賢者の心は右へ」なのかといえば、
私見としては、
右利きの人的には右手は正確に意志を反映し、左手はそうじゃないからじゃないですかね?

ちなみに、続くコヘレトの言葉10章3節には、以下のように記載されています。

愚者は道行くときすら愚かで、だれにでも自分は愚者だと言いふらす。

さて、実はラテン語ベースの言語を調べてみると
「右(dexter)=器用、善良」などの良いイメージが関連づけられており、
「左(sinister)=不器用、邪悪」などの悪いイメージが関連づけられています。

さらに、エゼキエル書の43章2節に

イスラエルの神の栄光が東の方から到来しつつあった。

とあるように、「神は東」という基本スタンスが聖書の中にあります。
そのため、東向きに祈る習慣が生まれるわけですが、
これを基準として場合、東を正面にとって、右手側に太陽の昇る南が、左手側に太陽の沈む北が対応付けられることになったと言われています。

従って、キリスト教圏では、

右:左
光:闇
太陽:月 
昼:夜
聖:邪
貴:賤
浄:穢

という日本とは真逆の対応関係が存在しています。

まぁ、キリスト教圏でなくとも、日の出を崇める習慣がある場所なら、やっぱり右に太陽、左に月が対応づけられるわけで、
例えば、ホルスの目は右目が太陽の象徴、左目が月の象徴ですよね。
同じ目なのに、イザナギの神生みと逆ですね!

東洋西洋で共通するもの?

「おいおい、こんなもんどうするんだよ!」って感じになりますが、
東洋も西洋の決定的な違いにお気づきでしょうか?

それは、「主観のありか」です。

東洋系は、主観を権力者において左右に意味付けをしていました。
それに対して西洋系は、主観を権力者を崇める衆人において意味付けを行っています。

そう、権力者と衆人とは向かい合って互いを見ているのであれば、左右の対応が逆転するのは道理ですね。

東洋は絶対座標系で西洋は相対座標系。
東洋は客観的観測に基づいていて、西洋は主観的観測に基づいている、なんて言い換えてもいいかもしれません。

応用の仕方?

これの違いを押さえておくとちょっとだけいいことがあるかもしれません。

例えば、権力者と衆人という構造は、そのまま占術師と客という構造に置き換えることができます。
そして、質問者に何かのアクションを行ってもらう場合を想定してみましょう。

占いの目的は大きく分けて三種類。
「許可(やる気を後押ししてくれ)」、「助言(アドバイスくれ)」、「明確化(状況を理解したい)」と僕は定義してます。

このうち、助言と許可は術師の言葉を受け入れる受動的な目的、明確化は自ら思考を整理する能動的な目的、とざっくり分けて考えられるかなと。

・受動的な目的には、客に主観的観測に基づいた左右感を持ってもらう。
→占術師が権力者として機能する

・能動的な目的には、客に客観的観測に基づいた左右感を持ってもらう。
→客が権力者として機能する

というパターン分けが可能です。
そこからさらに、未来を生み出す目的なら太陽、現状を破壊する目的なら月の要素を取り入れたアクションを実行してもらうということもできます。

例えば右手で右回りにタロットを混ぜるのは陰?陽?
小物の置き場所は右がいいの?左がいいの?
偶数を使う?奇数を使う?

こう言った細かいルールの取り決めは、「あ、適当でいいですよー」とかいう場合よりも、神秘性フィルターとしてよく機能してくれるんですよね。

また、魔術をデザインする場合も・・・。

非常に細かくて神経質な話題になってしまってますが、こういった事も頭に入れておくといいことがあるかもしれませんね!

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