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”代理決定”って聞いてことありますか? かぞくって誰だろう。どこまでが家族なんだろう。

家族による代理決定、という言葉を聞いたことがありますか?

大尊敬する先生が紹介されていて、食い入るようにこのトヨタ財団さんのインタビューを読みました。

思い出した言葉

釘付けになったのは、全く同じ言葉を聞いたことがあったからです。


私の友人の医療的ケア児の母である彼女が、話していた言葉と重なったからでした。

「血縁関係がある、両親しか入れない、決断できないことがいくつもあって・・」

そんな風に彼女は話していて。(違っていると困るし、何より直接知ってもらったほうがいい気がするのでリンクを張っておきます。*ご本人にも趣旨が違わないことは確認済み)



インタビューで印象的だった言葉

平山さんのインタビューでは、

特に、機能の低下により高齢者が自分で自分の意思を言語で伝えられなくなった時には、家族による代理決定に頼ってケアの提供が行われる場面はいっぱいあります。でも、そこで代理決定に携わることが認められる「家族」には限定がかかっていることもあります。たとえば、法律的に婚姻関係にある配偶者や、法律に則ってその人の子どもだと認められている人しかその決定に携わることが認められない、ということは珍しくありません。異性愛の夫婦を中心にした「家族」に収まる関係でなければ、それまでの人生を一緒に過ごし、その高齢者のことをどんなによく知っていても、ケアの決定から遠ざけられる人もいるのです。

過去のことを掘り出すが、自分が総合病院で勤務していた時、法的な家族以外の人がお見舞いに来ることなんて日常茶飯事だった。最終決定権はないし、お看取りの連絡も行かないかも知れない。

でもきっと”今”のその人を支えているのは、この人なんだろうな、と第三者でも思うような、支え合っているような人がたくさんいた。

(内縁の夫、妻、だけではない表現に値する。と思っている。)

要介護の高齢者を支える制度があっても、その制度が特定の高齢者や特定の「家族」だけを前提にしているのであれば、高齢者を支えるはずの制度が高齢期における生きにくさや不平等をつくりだすことになるのです。だからこそ性のあり方にかかわらず、どんな高齢者も安心して老い衰えることができる仕組みを考えたくて、このプロジェクトに着手しました。

かぞくが選択できることは何?かぞくってどこまで?

これって高齢者だけの課題ではなく、障害者・小児・声にならない意見を持つすべての人に当てはまること。


でも本当は、家族だからすべての選択をできるわけではなく、もっと違う方法を選びたい人もいるよねと。

もっと子ども分野でも色々考えたい。


あとは記事で味深かったのは迷惑、の文脈。

日本における「迷惑をかけないために」という背景

たとえば、私が以前学会で聞かれたのは、「迷惑をかけたくないのなら、介護に関する自分の希望をきちんと言えばいいのに、なぜ言わないのか」ということでした。してほしいこと・してほしくないことを明確に伝えておけば、家族は「何をしてあげたらいいんだろう」と迷ったりすることがなくなる。結果的に「迷惑をかけ」ずに済むではないか、というのがその理由のようでした。逆に言えば、介護に関する希望を言わないことは、むしろ周りにとって迷惑ではないか、ということですよね。

まさに。最近FBでもみた「迷惑ってなんだろう?」というテーマとも重なった。

言うことは迷惑なことじゃない。

子ども分野でも、子どもの意見を言うことは権利だ。

家族を自分で選べない子どもが、主体的に、信じられる人を選んで、意見を言うことを大切にしたい。

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RACという団体でショートステイ・短期里親の普及活動をしています。 歯科医師(訪問歯科、高齢者)、MBA、東京大学大学院 客員研究員。 子ども・高齢者・社会を繋げられたらなと思っています。4歳2歳の母。現在カリフォルニア在住。 BlogはRACの活動と趣味の性教育ネタ。
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