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裸眼の限界

私は視力が悪い。

家系的に悪くはないはずなのだが。

これは幼少期の私の惰性により起こった出来事にある。

小4の時に同級生のミカちゃんがメガネをかけていて、その姿がとてもカッコ良く見えたのだ。

その時に「メガネをかけたい!」と思った幼き私は、あらゆる手を使って目を悪くしていった。(その能力を、親は他の事に使ってほしかったであろう。今の私でもそう思う。)

学校で行われる視力検査を経て、幼き私は"メガネを手に入れられる視力”を手にした。

近所にあるホクトメガネさんを訪ねた。そこは私の同級生のお父さんが経営されているおしゃれなメガネ屋さんだった。

小4の私にとっては「初めて自分の好みで手に入れらるもの」を選べる瞬間だったように思える。私には兄と姉がいて末っ子なので、身につけるのものほとんどがお下がりだったからだ。

初めて自分で選べる事への遠慮感と、おしゃれできらびやかなメガネの展示に心がワクワクしたのを今でも覚えている。

今では安価ながらに質の良いメガネが手に入る時代だが(いつもお世話になっております)当時のメガネは高価なものだったと思う。

その中で、母が許せる範囲の良いメガネを私は手に入れた。

ドラえもん映画シリーズ「ドラミちゃんアララ・少年山賊団」で、のび太の先祖である“のび平”が始めてメガネを手に入れた瞬間と同じ、

「あ!あれ?見える!見えるぞ!」

と同じ感覚だったに違いない。

すぐさま私はメガネをして学校に行った。視界も良好で、良い気分だったと思う。

それから年月が経ち、だんだん私はメガネを鬱陶しく思えてきた。あんなに欲しかったアイテムなのに!

中学校に上がると私はメガネをかけなくなった。なのに視力は悪いので、周りが「かっこいい」という先輩の顔すらちゃんと見ることができなかった。

授業中と、在籍していた吹奏楽部では極力メガネをかけた(黒板と楽譜が見えないので)が、それ以外は裸眼で過ごした。

高校生になるとコンタクトを覚えた。

そこから私は「メガネをかけなくてもいい世界」
を手に入れる事ができたのだ…!!!


そこから十数年、

ドライアイという言葉を覚えたのは過言でもない。

そして、夜になると(特にお酒が入ると)コンタクトがずれまくって外してしまうことがある。

私は今その状況だ。

裸眼だと20cm先までしかハッキリ見えないのだ。

未だ慣れない東京の複数ある路線の中を彷徨っている。

都営大江戸線から、わたしは何線に乗り換えればいいのか、、

目を細めながら歩いている。

東京は難しい。


(今は無事に辿り着いていますのでご安心を)


またあした


山崎アヤ

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「山崎アヤワンマンライブ39Fes!!」

2024年3月31日(日)

代官山NOMAD

OPEN 11:30 START 12:00

前売4,000円 当日4,500円(別途1ドリンク代)


⁡support musicians

Gt.鳴海賢治
Pf.木村ゆう



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