指先に、片思い

 ああ、やっぱり今朝もだ。
 目を覚まして、空気を吸う。それから思いっきり吐き出す。朝の空気は無色透明、無臭。だけど、少しだけ甘い気がするのはどうしてか。
 夢から覚めたわたしが、まず最初に想うのはいつもおんなじ人のこと。そんな日々が、もう四年も続いている。ちゃんと言葉にすると、その長さに思わず驚く。
 そうか。
 わたしの片思いはもう四年生なのか。
 と、そんなことを、つい最近、ゆうちゃんにさらっと告白したら、まるで何かの宗教のようだね、なんて言われてしまった。先日、テレビ番組で見たのだそう。毎日、決まった時間に決まった方角へ祈りを捧げる人たち。
 だけど、わたしはそんなんじゃないな、と思いながらジンジャーエールを啜ったっけ。甘い奴じゃなくて、ちゃんと辛いジンジャーエール。舌がヒリヒリと痛んで、泣きたくなってしまうけど、それでもわたしはこっちの方が好きなのだ。

『そんなんじゃないよ』

 ちゃんと声に出してみた。

『えー、そっかな』

 ゆうちゃんは、ウエッジカットのフライドポテトをもりもりと食べていた。三日月状になった皮つきの奴って言ったら分かりやすいだろうか。
 わたしがジンジャーエールをこだわるように、ゆうちゃんはフライドポテトのカットの仕方にうるさい。
 そんな諸々の条件を満たしてくれるこのバーガーショップは、だからわたしたちの大切な溜まり場だ。

『結構、良いとこ突いたって思ったんだけど』

『気のせいだよ』

 だってこれは確かに祈りのように重いけれど、そこに救いなんてものがないことをわたしはちゃんと知っている。そう。この恋は報われないのだ。絶対に。
 だから、きっと宗教なんかを信じて、神の救いを待っている人たちよりも、わたしはちょっぴり賢くて、ずっと愚かだ。

『全然、違うよ』

 言いつつ、わたしはゆうちゃんのポテトフライを一つ盗んだ。
 あー、とゆうちゃんはむくれた。
 そこからはちょっとした言い争いみたいになって、でもすぐに仲直りして、クラスの空気とか、新しく赴任してきた先生のこととか、少し先の将来のこととかを話した。その頃にはもう、ゆうちゃんはさっきまでしていた会話のことなんてきちんと忘れているみたいだった。
 見慣れた天井をぼうっと眺めながら、わたしはあの人の姿や声や指の先を想う。そう、特に指が綺麗なのだ。何度言ってもちっとも手入れなんてしないくせに、わたしの指の百倍整っている。タバコを扱う動きなんて、ちょっとした芸術の域だ。あの指に触れたいと思う。触れて欲しいと願う。
 寝起きの、やけに重い体がきちんと動き出すまでの、ほんの少しのタイムラグを、わたしはそんな風にして過ごす。
 でも、そんな時間も長くは続かない。
 すぐに、あ、ってなる。
 感情とか、魂とか、心とか、朝の静謐な空気に漂っていたものが、わたしの中にちゃんと戻ってきたのが分かる。だって、痛いもの。形のないはずの心が、わたしの胸の中で痛い痛いと泣いているもの。
 涙なんて出ていないと知っているのに、瞼を拭いて上半身を起こす。
 そうしてわたしは、昨日とその前とそのさらに前と同じ一日を始める。
 報われない片思いの一日を。
 欠けたように痛む心は、欠けているからいくら空気を吸っても抜けてしまう。いつまでたっても満たされない。苦しい。痛い。シンドい。
 それなのに、わたしは今日も、明日も、明後日も。
 同じようにあの人のことが好きでいられますようにと、願ってしまうのだ。せめて、片思いの時間だけでも永遠たれと。
 そのことをゆうちゃんに言うと、彼女はきっと、

「やっぱり宗教みたいだね」

 なんて言いながら、笑うのだろう。
 わたしの大好きな指先で、ウェッジカットのフライドポテトを摘まみながら。

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