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ショートショート024『試着室の現場で』

「ちょっとー、お姉さぁん。これどうおー?」
私は畳んでいた服を置いて、さっとお客様のもとへ駆け寄った。
「はい、いかがしましたか?」
同じ丸顔で、身長が私の肩くらいまでしかない3人組が、一斉にきょとんと私を見た。
と、同時に3人組がのけぞって笑う。
「あははっ。ごめんなさいねぇ、私達3姉妹なの。一番上の姉さんに似合いそうな服があったから、姉さんを呼んだとこだったのよ」
「呼び方がややこしかったのね。ごめんなさいね」
丸顔だけど口元にほくろのあるおばさまが、首をかしげながら謝った。

しばらしくして。
「いやー、ちょっと、どうしましょう!」
あのおばさま方だなと思ったが、また姉妹の誰かを呼んでいるのかと思った。
「ねぇ、ちょっと。店員さん!」
しまった、私を呼んでいたのか。
急いで声の方へ向かう。
試着室のカーテンが空いて、姉妹のうちの1人が試着中のお姉さんの頭をぐいぐい引っ張っている。もう1人はその周りをおろおろうろうろしている。
「ど、どうされました?」
「このフェイスカバーっていうの? こんなのしたことないから、どうやって脱ぐのかわからなくて。まーちゃん、ちょっとそんな引っ張らないで。あたしの頭、どこ? あ、いや、頭はあるんだけど、もうどこから頭出したらいいの?」
すぽっとかぶるタイプの服を試着するとき、売り物を化粧などで汚さないよう頭巾のようにかぶって付けるフェイスカバー。
確かに、使い慣れないと使い方が解らない代物だ。
不織布でできているが、かぶってしまうと見えづらい。
髪型が崩れるからかぶってくれないお客様も多いが、こちらの3姉妹の長女様はかぶってくれたようだ。
それはありがたいのだが……。

私は3姉妹と一緒に必死に、髪の毛を引っ張らないように、洋服を汚さないように、慎重にフェイスカバーを取り除いた。
「ありがとう! 助かったわ! 息が、できないかと思った」
下着姿でどどんとした身体を備え付けの小さなソファーにうずめた。
ぜいぜいと粗く息つきながら、長女様が私にぺこぺこと頭を下げる。
あとはこちらでやりますから、という次女様(たぶん)の言葉を聞いて、ではと下がった。

別のお客様のレジを打ち、スタイリングをしたりして、小一時間くらいが経った頃だった。
まだ3姉妹は店内にいた。
さすがに3人で3人が言いたい放題のスタイリングをしていると、買い物が長くなるらしい。
まぁそんなお客様も多いので、とくに気にもしていなかった。
とりあえず、フェイスカバーだけはきっちり付け方をお教えしたので、大丈夫だろう。
と思った矢先。

「きゃー、どうしましょう!」
3姉妹の誰かの声がした。聞いたことがない声なので、きっと三女様だろう。
私は再び慌てて試着室へ走った。
またフェイスカバーかしら。いや、ちょっと焦ったような声だったわ。怪我でもされたら大変だわ。
「いかがしました?」
小走りに試着室へ駆け寄った。
ほかの試着室も埋まっているから、姉妹全員がそれぞれ入っているのだろう。きっと着替え中でだれも助けられないのだ。
そう思ってカーテンに手をかけた瞬間だった。
「やだもう困っちゃう。私ったら、何着ても似合っちゃうからー!」

私はそっとカーテンから手を離して、ゆっくりとその場を離れた。
今日はノンアルじゃないビールを飲んでやる。

<了>


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