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父の病気のお陰で気付けたこと

皆さま
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
kindle作家で気まぐれオーラ鑑定士の
倉本あや子です。

記事のUPがマチマチな日が
続いております😅

前回の記事でも書きましたが、
我が家で起きた
この夏の出来事を
ザックリお伝えしますと、

3日分の着替えだけを持って
脳梗塞を起こした義父の元に飛んできた私は
記事を書くことなど頭から吹っ飛び、
病院からの説明、義母のサポートなど
バタバタと日々を過ごすことになったのです。
当然、記事を書くのは、しばらくは後回しに
することになりました。

義父倒れる

その日、私達は
いつも通りの朝を迎えていました。
いつもなら、その時間は鳴ることのない携帯は
ダイニングテーブルの端っこに置きっぱなし。

その携帯がブルブルと震えていたことに
気付かずに、キッチンにいた私

ふと目に入った携帯が
ブルブルと震えていたのでした。
慌てて義母からの電話に出てみると…
細かく震えたいつもとは全く違う義母の声が
聞こえてきました。
話す内容も要領を得ません。

それだけで、すぐに大変なことが
義母の身に起きたことは分かりました。
そして、
逸る気持ちをなんとか押さえながら、
私達は、義父母の元に飛んで来たのです。

手術は無事に終わったとは言うものの、
まだ朦朧としている父との束の間の
対面を果たし、やっとの思いで自宅に帰り、
仮眠をとったと語った義母ですが
きっと一睡も出来なかったハズです。

明け方になり、
私達の元に電話してきた
普段は気丈な母のか細い声を聞いて
胸を締め付けられるような思いでした。

夜中に電話で呼び出され、
緊急手術中の3時間もの長い間、
駆けつけた病院の待ち合い室で
ポツンと1人待っていた義母のことを思うと
どんなにか心細かったことでしょう。

すぐに
父母の元に駆けつけた私達ですが、
飛行機の中、
母からの少ない情報を頼りに
父の容態を想像しましたが、
私達が搭乗した飛行機のように
乱高下が激しい気持ちが影響してしまい、
悪い方へ行ったかと思えば
良い方へ行くような……不安定で
全くまとまりませんでした。

それでも、不安を拭い去り
明るい未来を思い浮かべて
文にしてみました。

お陰さまで
お義父さんは、奇跡的な回復力で
元気になりました。
ありがとうございます。


空の上で、心の中で何度も呟いてみました。
すると、
少し気持ちが落ち着き、
さらに書き進める気持ちになりました。

幸いにも、義父は今のところ
何の障害も後遺症も残っていないのですから
まさに奇跡としか言いようがありません。

前回の記事でも書きましたが
私達の願いが宇宙に通じたとしか
思えないのです。

そして、
手術をしてくれた医師をはじめ医療従事者の方、さまざまに重なった幸運に
感謝の思いでいっぱいです。

二人の母と私と

病院に行っても義父には会えないことも多く、
姿を遠くから見ることぐらい。
数日に1度、病院へ行く他は
家で母と二人きりで過ごす日々。

義父のことは勿論心配だけれども、
高齢の母の様子も気にかかります。

今回、気にかかったのは

以前のように食事の献立を
立てられなくなっていたこと

几帳面だった義母が
書類等をどこに閉まったのかが
分からなくなっていたこと

様々な記憶があやふやになってきていること

義父の病気のことや退院後のことを
建設的に考えられなくなっていたことなどです。

父のことがショックで一時的に
不安定になっているものなのか……

もしかしたら、一緒に暮らしていない
私達には分からないくらい緩やかに
認知力が低下してきているのか……

私は、一時に1人であれもこれも
考えたり、判断したり、
時には病院や社会福祉士さんとの
折衝をしなくならなくなり……

土地勘のない地域でどこに行くのも
時間の目処が立たない中、
何とかかんとかやらなくてはならない
日々が始まったのです。

アラフィフにして世の中を知る

最初は、不安や心細さが先に立ち、
「何で近くにいる次男夫婦は
電話一つ寄越さないの!?」
「心配じゃないの!?」

なんて、腹を立てたりしていました🤣

冷静になった今は、
こうして歳を重ねた義父母と一緒に過ごすことは
私にとって、とても深い学びになっているので、
有り難いことと思っています。

誰がサポートしてくれるとかしてくれないとかを
問題にすること自体、
ナンセンスだと思っています。

これは私達へのギフトなのだと
今は思っています。

とは言うものの、
関わりのある看護師さんや社会福祉士さんに
何度も
「実の娘さんじゃなくて、お嫁さんなの?」
なんて聞かれたり、
「夫の親は、他人。人によっては敵だと思う人もいるのよ。」
そんな風に聞かされたりすると

不思議に思ったり驚いたりしながらも
だからと言って、
単なる義務感で嫌々やっているわけではなく
使命感ほど大袈裟ではなくて
これも縁だと感じているのです。

そして、振り返ると
実母は、私達を育てながら、文句一つ言わずに
誠心誠意、父の両親の介護をしていたことが
思い出され、

「これって当たり前じゃないんだな。」と
改めて、実母への尊敬の念と感謝の気持ちが
込み上げてきたのです。

良くも悪くも
親からしてもらったり
親のしていたことを見たりして
人は育っていくものだと実感しました。

知識だけではなく経験したことが
その人を
かたちづくっているのかも知れません。

毎日義父母と生活することそのものが
私をつくっていくようです。

今日も最後までお付き合いくださり
ありがとうございます。

それでは
またお会いしましょう👋😃


よろしければ、サポートよろしくお願いします。いただいたサポートは今後の学びに役立てたいと思います。