「愚痴、不満は負の悪循環」

愚痴や不満って、言ったところでさらに悲しくなるなって思うことありません?今まで、そのようなことばかり言っている人をみると、自然と離れたくなるし、見ていてこう思う。

「この人、本当に可哀想な人だなあ。何か自分への愛情とか欠けてるのかな、自分が嫌いなのかな」って。

私は普段、バリスタをしている。毎日、様々なお客さんを対応しているのだが、今日はそのうちの一人の常連さんについて、ある言動が悲しい、見ていて辛いと思った。

その方は、とても頭が良くしっかりとしたいい人だ。だけど、お店にいる時に愚痴や不満、怒りを話してる光景も見られる。今日はその方の知り合いと一緒にお店に来て、同じような状況が起っていた。その人が話す言葉には、時々暴言ではないかと耳を疑うようなことも含まれていた。話の内容を正確に聞き取れる訳ではないが、英語学習者の私でさえもどんなことを話しているのか感じ取れる。その方の口から出て来る言葉は棘のように痛いものだ。だから、英語が完璧にわかる人にとっては聞くに耐えない話ではないだろうかと思った。

その人の言動の原因や理由はわからない。普段のストレスの発散なのか、癖になっているだけなのか。

ただ、一つ不快に思うこと。それは、その場にいるスタッフの私だけではなく、他の席にいたお客さんの気分も悪くなるということは当たり前だということだ。私は今日、いつも楽しいはずの仕事が今日は心の底から楽しくないと感じた。足はだるく、心臓はドクドクと鳴り、上から重い大きな石が体全体にのしかかっているかのように。本当にこの場を離れたい、負の空気を出さないで欲しいと願った。もしこの方がこの先、同じようなことを繰り返すのなら、どうしたらいいものかと考える。

その常連さんが帰った後、締め作業をしている時に、オーナーがこのことについて口を開いた。オーナーもなぜその常連さんがここ最近そのような言動を取るのか原因が全くわからないと、どう解決したら良いのか頭を悩ませていた。常連で繋がりの強いお客さんの一人でもあるから、尚更難しい問題なのだろう。カフェに来る人は、友人とコーヒーを飲みながら楽しく談話したり、一人でゆったりとリラックスするための場所ではないのかと彼は言った。リラックスしている時に、大声で聞きたくもないような話が聞こえて来ると、嫌な思い、怖い思いをするだけではない。わざわざ足を運んでくれた人にとっては、二度とお店に行きたいと思えなくなるだろうと。

ここ最近気になる出来事だっただけに、今日は一段と印象に残ることだったので記事にして残しておこうと思った。私は、人の愚痴を聞いて、いいことなんて一つもないと思う。私だって不満や愚痴をこぼすことはある。けれど言ったところで気持ちが楽になるとか、そんな解決にもならないのは何度も痛感している。あとで自分に返ってくるのは、言った後の後悔と疲労の悪循環。だから、思わず言ってしまった時なんかは、ずっしりと体が重い。発散どころかなんの自分の得にもならないなと後悔することもしばしば。

だからって愚痴をこぼすのが絶対悪いことなのかどうか、正直わからない。言ってスッキリすることもあるだろうし、なぜその時嫌な思いをしたのか、頭の中を整理整頓、理解する方法の一つだろうとも思う。

けれど一つ言えることは、場所やその時の環境を考えろってこと。他人を巻き込みたくないし、巻き込んで欲しくない。この世にはそれをわからず、または故意に巻き込んでしまう悲しい人たちが大勢だ。もっと自分を大切にしたいし、大切にしている人、不平や不満より愛や穏やかな気持ちの方が溢れ出ているような雰囲気を持つ人となるべく関わっていたい。

あれ、こんなこと言っていたら愚痴をこぼしているようだ。私も他人を巻き込んでいる人の一人なんだろうな。これは、言っていること矛盾だらけだけど、最近思った私の話。それでも私は自分自身を大切にするいい人だよ。そして、幸せな笑顔を他人にも振り向けたい。

愛情がもっと増えますように。

結局なんの話してるのかな。夜に文章書くと、どうもまとまらない。言いたいこと伝えられてるだろうか、おしまい。


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