既婚者
日記
長らく想いを寄せている人がいる。出会って1ヶ月も経たないうちにその気持ちは芽生え、気づいてしまった自分に動揺した。彼の左手に指輪はなかった。
彼が私に思わせぶりな態度をとったわけじゃないし甘い言葉を囁いたわけでもなく、彼の仕事ぶりと人の上に立つ余裕となにより私にない溌剌とした雰囲気に刺激された。かもしれない。
既婚者だった。家庭を持つ者ゆえの余裕だったのかもしれない。
好きだと伝えたときに、結婚してるからと返されて、それなら指輪つけなさいよとちょっとキレた。
同時に、この気持ちは誰も幸せにしないからと封印することを自分と約束した。
一年半が経った。今も好きでいる。
仕事で関わる為、今の職場をやめない限り私の目はいつまでもその人を追ってしまうと思う。
幸い期限を決めている仕事なのでいつかは終わりが来るだろうけれど、この一年半の間に恋慕とは別に、仕事を超えた強い信頼関係が築かれた為、今後の人生にも関わっていてほしい恩人となってしまった。
踏み込むつもりはないし、向こうには微塵もその気持ちはないだろうと思う。
けれど、もしかすると、ほんのちょっとだけ期待してるのかもしれない。だから今も好きでいるんだと思う。
お酒に酔う度その人の手を握ってしまう。こんな生きづらい世の中で、好きな人の手の温もりを感じているときは心が晴れることを知っている。
人前ではその人が応じてくれないことなんて明白なので、仕事が終わって帰るとき、その人が送りの日に助手席で手のひらを開いて差し出すと手を握ってくれる時がある。応じてくれず押し戻される時もある。いつも困りながら子供をあやすような顔をしている。基本的にその人が担当することは少ないので数えられるくらいしかないけど酔ったときにしかできないから、酔ったときにはここぞとばかりに積極的になる。
一度、車の中でため息をこぼしたときその人から広げた手のひらを差し出してくれた時があった。そういうことするから、私期待してしまうんですよ。と思いながら、その上に自分の手を重ねた。
私がその人を好きなことは、きっと周りにも知られていると思う。わかりやすいらしい。
好きだよね?と聞かれたので、そうですね、入ってすぐからずっと。と答えた。
今後も他の誰かに聞かれたとしても私はそう答えると思う。
でも店長も☽ちゃんのことお気に入りだと思う。☽ちゃんにだけ優しいし、店長もわかりやすいからね、もしかして抱かれた?
と聞かれたのでそれはちゃんと否定しておいた。
抱きしめてもらったことなら何回かあるけど、とは言わなかった。
決定的な一線は踏み越えない人。それに私も、ここからもっと深く想うようになってしまえば自分が傷つくことを無意識に理解しているから、いつもは心にシャッターをかけている。
家から一歩も出なかった私をまた歩けるようにしてくれた人で、その人からするとただ世話を焼いてくれているだけなのかもしれないけれど、優しくされるとまた好きになる。
誰も幸せにしないこの感情を払拭するために、好きでもない男性と付き合った期間がある。私はずっとこの気持ちの消化法を模索している。
付き合ったひとは私のことをずっと好きでいてくれたのに、私は初めから終わりまで一度も好きじゃなかった。
そういう行為をする時、いつも好きな人のことを考えて想像して抱かれてた。
ずっと一緒にいればその人に気持ちが傾くんじゃないかと思っていたけれど、結局好きな人への気持ちは揺らがなかった。最低で不誠実で不純極まりない。私はそんなにピュアじゃない。
昨日
好きな人に抱かれる想像をしながら他の誰かに抱かれる夜だった。
自分のことを好きだとわかっている相手を振り回し決定的なセリフは避けた上で都合よく体を重ねた。
本当は、好きな人とそうしたい。
この気持ちを消したいと思っているのに、他の誰かといるときの方がその人の存在は色濃くなった。
好きじゃない相手との時間は、注意が横に逸れることも多いし明日のご飯のことを考えているし、口にキスはされたくないし、汗をかいた身体が自分の身体に密着するのも耐えられないし、挿れられるのなんて本当は嫌だし。早くイッてくれないかなと思ってた。
目を閉じて、目の前にいない人間を想像することでしか濡れない身体で可哀想だった。
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