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彼氏の胃袋を掴むな

「彼氏の胃袋を掴んだ!タルタルチキン南蛮レシピを紹介します❤︎」

 InstagramやTikTokで突如として流れるレシピ動画は毎度こんな感じで始まるが、“彼氏の胃袋を掴む”という枕詞を聞くたびに、世の女の子たちはずいぶんと献身的なんだなと他人事のように思ったりする。こういうときは下から上へと指を勢いよく滑らせることでなんとかやり過ごそうとするけれど、イヤホンの向こう側から聞こえてきた女の子のたちの猫っけのある声に、なんとも言えないやるせなさを感じたりする。何か作らなきゃと思い立ってSNSを開いたはずが気がついたら電源ごと落としてしまっていて、ただ真っ黒な画面に色のない自分の顔が映し出されるだけだった。

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 2年ほど前から私は自分のご飯を自分で作るようになった。正直、人並みに料理が好きだったし得意でもあったので、全く苦労しないもんだと思っていた。ひどい過信であった。“日常的に”作るとなると話は全く別なのである。

 人間とは本当にめんどくさい生き物で、似たようなレシピが続けば飽きがやってくるし、レパートリーを増やそうと試行錯誤するのはかったるい。それでもしかる時が来たら何か食わせろと言わんばかりに、私のお腹は動物のような唸り声を出す。空腹に導かれるように冷蔵庫の前に立つけれど、あるもので作るなんて上級テクニックを持ち合わせていない私は、冷蔵庫をぐるりと一周見渡してはただ冷気を浴びることしかできず、扉をパタンと閉じると同時に額を強くそれに押し付けた。
 舌を切り落としてコンロで強火に炙ったら、私の味覚は死んでくれるだろうか。戸棚に大量ストックしてある辛ラーメンを取り出してぐつぐつと煮立てている私は、鼻を突き抜けるような赤唐辛子の匂いに包まれながら真っ赤なスープに沈んでいきたい衝動に駆られていく。けれどすぐに浮力に押し上げられてしまいそうなほど、私の中身は詰まっていない。

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 ご飯を作るなんてこんなめんどくさいこと、愛がないとやってられるわけがない。それでも簡単に愛を捧げようとする女の子たちは嫌いだし、簡単に愛を強姦しようとする男たちはもっと嫌いだ。もっと自分のためにご飯を作りなさいと説教じみたことを、届かない相手に思う。

 ご飯を作ることと食べることは愛のベルトコンベアで繋がっていて、自分との対話によって動いている。体調が悪い日の卵がゆ、3限が空きコマの日に家から持ち寄るピザトースト、バイト帰りのよだれ鷄と台湾ビール。あぁ、生きてるなと思う。隕石はこんな日に落ちて欲しい。こんなことで幸せになれる安上がりな私を、私は全力で愛している。



 君は君の胃袋を掴むために生きろ。私もそうする。

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