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『〈現実〉とは何か』の凄みが複素効理論を沸かす

『〈現実〉とは何か』(筑摩書房)という本があります。副題は「数学・哲学から始まる世界像の転換」。数学者・西郷氏と哲学者・田口氏の共著作です。

きっかけ

この本を知ったのは「圏論」という数学分野の入門書『圏論の道案内』の関連書籍として同著者である西郷さんの『〈現実〉とは何か』がおすすめ表示されたことがきっかけでした。

「圏論」には、複素効理論に取り込むべき豊かなアイデアが溢れています。

複素効理論を提唱した当初の目的はプラセボ効果をより深く理解することでしたが、その本質は科学を公理主義的に捉えようとする試み。基本的に、科学は「同じ原因からは、常に同じ結果を得る」というルールに基づき、「同じ」と「同じではない」を切り分ける営為だと考えます。

ここで大事なのは、「同じ」とは何か?ということです。

この問いは科学自体を決定づける重要な問いで、回答するためには深い洞察が必要です。科学という学問体系はこの問題を内部で解決することができません。深すぎ・単純すぎ・根源的すぎるがゆえに回答が難しい。そうした問いを扱える学問は、数学および哲学をおいて他にありません。

プラセボ効果を入口に科学を考える上で敢えて圏論を学ぶ意義は、「同じ」とは何か?という問いへのアプローチ方法を知るためといっても過言ではありません。

『〈現実〉とは何か』でも圏論が紹介・応用され、さらに非可換確率論など数学のアイデアを現実理解へつなげる論理が展開されます。面白くない、わけがない。

複素効理論

複素効理論は以前から僕自身が持っていたアイデアを『僕は偽薬を売ることにした』(国書刊行会、2019)の執筆時により突き詰めてまとめたものです。

ただ、2020年時点ではやや手直しが必要であることを認め、「複素効理論2.0」へのバージョンアップを提案しています。

アイデアの源泉としての東洋思想

『〈現実〉とは何か』に共感するところが大きいのは、『僕は偽薬を売ることにした』でも扱った東洋的な考え方、特に仏教哲学への言及があることです。

科学や数学が西洋哲学の所産であるとしても…というより、所産であるがゆえに数学・科学自体が一体どのような前提をしている理論体系なのか分かりにくいところがあります。

東洋思想との差異を明確化することで、科学の前提を浮き彫りにする。これこそが複素効理論が目的を達成するために『僕は偽薬を売ることにした』でとったアプローチなのでした。

西洋哲学一辺倒の思考からは出てくることのない本質的な思考が、東洋哲学という参照点を設定することで可能になる。そうした着眼の共通性を感じます。

科学のルール

『〈現実〉とは何か』の192ページより引用してみます。

科学における法則というものは「同じさを設定すること」に依存している。そして、どのような同じさを選ぶかということに絶対的に必然的な規準は存在していない。まさに非規準的な選択にもとづいて法則が立ち現れるのであって、その逆ではないのである。

ここには、科学を公理主義的に捉える上で重要な公理(ルール)が簡明に表現されています。

そして、プラセボ効果について深く考えるヒントを与えてくれます。

なぜなら、「ランダム化」や「二重盲検法」や「プラセボ対照」といったプラセボ効果と関連の深い"科学的"とされる手法はいずれも「同じさを設定すること」を目的としているからです。

ある人間の集団と別の人間の集団を同じだと見做すためには「ランダム化」が必要です。

複数の集団に対して同じ介入操作を加えたと見做すためには「二重盲検法」の導入が必要です。

そして、例えば薬効成分に効果があることを科学的に保証するためには、実薬と偽薬が同じだと見做す・仮定する「プラセボ対照」を設定しなければなりません(このトリッキーな手法に、科学が現実世界への影響を及ぼし得る"マジカルなパワー"を生じさせる源泉があります)。

学びを進めたい方に

複素効理論は、現時点でまったくもって不完全な理論です。しかしながら、より面白くするためにすべきことは明らかです。

数学を学ぶこと。

数学から学ぶこと。

この方針は理論体系をより面白く(決して「正しく」ではない)する確かな指針となる。『〈現実〉とは何か』がその確信を深めてくれます。

何か深く考えてみたい、深く考えなければならないことがあるなど、現実の問題に向き合う気概がある方はぜひ読んでみることをお勧めします。

『〈現実〉とは何か』
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