思い出す

〆切が終わって、月頭の歌会もないので、完全にたましいが抜けた状態でぼーっと買い溜めてあった漫画を読んだり、夕飯をじっくり作ってみたりしている。

夜は溜まった疲れでなにもなくともすっと眠れる。でも寝る間際や道を歩いている時など、ふっと思い出すことがある。

19歳の春休み、バイトをたくさんして、何十万か貯めて友人と2週間くらいイタリアとパリに旅行に行くことにした。

私立の大学だったので、春休みが早くくるため、学生用卒業旅行の激安パックツアーに申し込んだ。同じツアーに行く人は、短大2年生か、学部4年生の卒業旅行だった。激安のツアーだったので、イタリアの街をめぐるためにマイクロバス(よく免許とか行く時に乗せてくれる小さいバス)に乗り込み、みんなで荒い道を揺られた。

ミラノから入ってショッピングをし、そのままローマまで南下しながらボローニャやらシエナやら他にも名前を忘れてしまった都市に立ち寄りしていくプランだった。移動時間が長いなか、ひとり40代後半くらいの上品でチャーミングな女性の添乗員さんがついてくれて、その人がガイドや行く先々でのかんたんな通訳をしてくれた。

いっても20代前半の学生たちばっかりで、時間にはルーズだし、言葉遣いもなってなかった(たぶん全員)けど、添乗員さんはすごく優しく親切だし、それが過剰ではなく心地よかった。みんなその人のことがすぐ好きになったと思う。

最後の街のローマで何日か過ごし、ここからはオプションでパリに行く組と日本に帰る組に分かれる。空港まで向かう最後のマイクロバスの車内で、添乗員さんが話をしてくれた。

「わたしはこんな仕事をしていて、海外を飛び回っていて、気が付いたら結構歳をとっていました。今回、みなさん10代や20代の若い方たちばかりで、もし自分が全く違う人生を送っていたら、あなたたちくらいの子どもがいたかもしれない、と思いました。

そう思って一緒にバスで街を回るのはとても素敵な時間でした。

どうもありがとう。」

もうその人の名前は覚えていないし、もしかしたら全ての学生ツアーで言っているかもしれないけど、何年も経ったいまでも、その人のその言葉を思い出す。いままでの人生で、結構何回も思い出しているし、たぶん今後も思い出す気がする。


こうやって、忘れられない言葉や、人が、じんわりわたしに残っていく。

何もしないでいいタイミングなどによくそういうことを思い出して、なんとも言えない気持ちになる。

こういう人になりたいと思ったり、こういうことを言ってあげたいと思ったりすることもある。

けれどうまくできないので、今日もやんわり思い出すだけですうっと溶けるように眠りにつくのだろうと思う。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?