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時計を買った話。

よく、母と話す時

「私はやりたいことはやったし、
若い時代に行きたいところは全部行ったし、
後悔なんてないけど、一個だけやっとけばよかったなあと思うのは一生物の買い物をしとけばよかったなあってこと。

特に時計は買っとけばよかったなー

蒼子も社会人になって落ち着いたら一生物のいい時計くらい買った方がいいよ。絶対持ってて後悔しないから」

と、言っていた。

適当に聞き流していたけれど、なんとなくその言葉を覚えていた。

コロナ禍の自粛で、外出することなく社会人最初の2年間を過ごしていたのだが、3年目の2022年から一時期は全ての異論や言論を封殺する勢いで社会全体を支配してきた自粛ムードも春の訪れと共に雪解のように瓦解していった。

2年間、服といえば会社に行くためのスーツしか買ってなかった私だが外に出るようになってみんながあまりにもおしゃれな格好をして歩き回っているのに面食らってしまった。

私も何か、会社と関係がなくておしゃれなアイテムを自分に買ってあげたい!

ごみみたいなパワハラにも耐えて、頑張って働いたならそれくらいの権利があるだろう!

と、思っていそいそと時計を見に行くことにした。

見に行った先は、グランフロントの中に入っている時計のお店。

そこで26000円のG-SHOCKの時計を買った。

自粛生活により、金銭感覚が大学生のままだった私はそれでもかなり決断を要する買い物だったのだ。

店員さんが寄ってきてガラスケースを開けてくれるのも結構緊張したのだ。

その時買った思い出のG-SHOCK。
今もアウトドアの時とか、会社のイベントの仕事の時は重宝している。

その帰りに、ふらりと入った時計売り場の中でも一際高級感の溢れる売り場にその時計はあった。

セイコールキアのレディーダイヤモンド。
文字盤がブルーの貝殻でとにかく上品でキラキラしてきてこんなに美しい時計がこの世の中にあるのか、と感動してしまった。

恐る恐る値段を聞くと、売り場のお姉さんは優しく丁寧に説明してくれて
「こちらは11万円です。」
と、さっき買ったG-SHOCKとは桁違いの値段を涼しい顔をして教えてくれた。

「ずーっと使っていただける、一生物のお品物になりますよ」

と、いうお姉さんの言葉が、母の言葉と重なっていく。


その日私は時計を目に焼き付けて、
「いつか絶対あの時計を買おう!」
と決意しながら帰宅した。

しかし、それから結構仕事が忙しくなってしばらく時計のことは忘れていたのだが、ふとまわりの職場の人の腕元にキラキラと時計が光っているのをみて、再び時計が欲しくなった。

そして、私は会社の先輩がしていたある時計に再び胸を撃ち抜かれたのである。


それこそが、カルティエのタンクフランセーズだった。

シルバーのなに一つとして無駄のないラインに、真夏の海辺の空をそのまま閉じ込めてしまったような真っ青な長針と短針。

一見普通の時計なのに、一眼見たら忘れず、
いかにも都会の成功している人がつけている、
というデザインにすっかりメロメロになった私は、会社の帰りにまたグランフロントやロフトの時計売り場でカルティエの時計を探し回った。

これを見て噴き出す人もいるかもしれないが、
当時の私はあの時計がいくらするかもわからずに、どこに売ってるかもわからずに、とにかく衝動的に見に行ったのだ。

シーンとして静かな売り場でセイコーやシチズンの店員さんに

「ちょっとごめんください。カルティエの時計はどこでござんしょう?」

なんで聞けるような神経の太さは持ち合わせていなかったのでその日はすごすごと家に帰った。

帰った後、スマホで

「カルティエ 時計」

と検索すると、47万円。

という恐ろしいお値段が出てきて頭の中が真っ白になった。

やめようやめよう。

この世の中はもうバブルじゃないんだから。
よく考えて見たら普通の時計だったかも。

そう思って次の日もコソコソ先輩の腕を見ていたら、やっぱりどーしても素敵だったのだ!

母親は、あまりブランド品には興味がなくて、
頼りにならなさそうだったので、

ここで私が最初に頼ったのは、
京都で医者をやってる母の妹だった。

女医ならレディースのいい時計をきっとたくさん知ってるはず!

そう思って、
職場の先輩のタンクフランセーズが素敵で欲しくなったんだけど、その時計の評判ってどう?

と聞いてみると、

「あー、タンクなら私持ってるよー」

と、ご丁寧に写真までつけて送ってくれた。

叔母の時計コレクションの一部。

「時計は一生物だし、タンクくらいなら買ってもいいんじゃないの?」

と、タンクフランセーズをタンクと略する大人の余裕もしっかり見せていただいた私は、

半ばベソをかきながら、
タンクフランセーズを探しに行ったけど見つからなかったことや、
ちょっと高くて迷ってることを言ってみると、

「じゃあうちに見においでよー」

と、言ってくれたのでこれ幸いとばかりに見に行くことにした。

叔母の家で見せてもらったタンクフランセーズは、20年前に叔母が医者になって7年目に買ったものらしく、叔母と共に歩んだ20年間で少し傷を負っていたがその傷を吹き飛ばすような圧倒的なキラキラですごく素敵だった。

この後、カルティエのお店もなんとか見つけ出し心斎橋の大丸の店の前まで行ったもののあまりの雰囲気に圧倒されてお店に入ることもできずすごすごと帰る、まさに文字通り敵前逃亡も経験して。

実家に帰ってこの経緯を話したところ、
母が地元の高級宝飾店に連れて行ってくれることになった。

「一生モノとして買うなら40万くらい出していいと思うよ。」

と母に背中を押されて向かった時計屋さん。

それが私が初めて入った高級宝飾店だった。

店の一番奥にあるガラスケースの中に、
私が憧れていたタンクフランセーズはしゃなりと座っていた。

母が慣れた口調で
「ちょっと娘が時計を買いたいみたいなんですけど、こちらを見せていただいてもよろしいかしら?」
とお店の人に言うと、白い手袋をしたお店の人がガラスケースの鍵を開けてタンクフランセーズを出してくれた。

新品のタンクフランセーズは本当に綺麗でやっぱり私はこの時計が欲しいと思った。

腕につけてもらったシルバーのタンクフランセーズにうっとりとしている私に、
お店の人はもう二つのタンクフランセーズを見せてくれた。

文字盤にダイヤモンドが使われているもの。
文字盤の両脇にダイヤモンドが入っているもの。

それぞれ値段は104万円と74万円。

シルバーのものでも眩暈がしたのに、
その遥か上を行く値段だった。

「物は試しですからつけて見てくださいな」

と言ってお店の人は軽くつけてくるけど、
もしも今地震が起きて私が何かの下敷きになって時計が潰れたらそのお金は誰が払うんだろうか?と震えながらつけてもらった。


……………うん?

両脇にダイヤが入ってる100万超えのタンクフランセーズは本当に素敵でかっこよくて。

またしても私は、

「欲しい!」

と、思ってしまったのである。

その日はお店の人に丁寧にお礼を言って家に帰った。

「いや、100万はちょっと出し過ぎじゃない?」

と、トチ狂った私を宥める母親の声もしっかりと参考にしつつ、
そもそも本当にそんな高い時計は必要なのか、
10万ちょっとの時計から始まった話ではなかったのか。 

ぐるぐる回る思考の中でハタと立ち止まって考えてみた。

私の夢は、自分の力で成功してお金持ちになって幸せに暮らすことだ。

そのために今までだって就活も受験も死ぬ気で駆け抜けてきた。

私はこれからも豊かになるし、いつだって上へ上へと登っていきたいと思ってる。

であれば、そんな私の野心を鑑みて一生物の時計ならいくら出すべきだろうか。

この壮大な野望なのか野心なのかわからないけど、私の夢を載せるにはそれなりの時計が必要じゃない?

ここはマックス出せるだけ100万円で行くしかなくない??

この私の、蒼子様の一生物の時計なんだからそれくらいいっとくべきじゃない??

と通帳の中貯金額と相談して予算を100万円に決めた。

と、言うことで再び大阪に戻り休みの日に叔母と一緒にデパートに行くことにした。

「せっかく100万円も出すなら、カルティエだけじゃなくて他にもいろんなブランドを見てみてごらん。その方が楽しいよ」

と、叔母は、CHANEL、Tiffany、BVLGARI、OMEGA、フランクミュラー、IWC、グランドセイコー、ロレックスと次々とハイブランドの店に堂々と入って行ってガラスケースから時計を出してもらってくれた。

Tiffanyのブルーがかわいい時計、
BVLGARIのギラギラとした煌めきが止まらない時計、
OMEGAの星に正しい時間を刻むことを誓って作られたコンステレーション。
どこまでも贅沢で優雅なフランクミュラー。

見た一つ一つの時計に想いやドラマがギュギュッと詰まっていてお店の人の説明を夢中になって聞いていた。

私が1人で見に行った時は適当な態度をとったブランドの店員さんも叔母の腕に光るロレックスの前では非常に丁寧に接客してくれた。

それをみて、やっぱりきちんとした時計を絶対に買おうと決意を新たにした。

こういう場にたってもしっくりくる。

そんな人間になりたかった。

最後にカルティエを見に行った。

そして、そこでタンクフランセーズのゴールドとのコンビのモデルを見つけた。

気になっていたダイヤのものと並べてもらったけど、

「どちらもお似合いですけど、ゴールドとのコンビはお仕事でも大活躍しますし、
すごく知的な印象のある時計です」

という言葉に心が揺れた。

お値段81万円。

この時計を買おうと思った。

3年働いた自分へのプレゼントに、
2023年の3月に買うと決めた。

しかし、9月の半ば職場の親切な先輩が、

「海外の友達から聞いたけど、カルティエもうすぐ価格改定で値上がりするらしいよ」

と、教えてくれた。
この先輩はすごくオシャレな人で時計を買う相談にもいつも乗ってくれていた。
海外の大学を出ているので、世界中に友達がいて、すでに海外では値上げが始まっていたのを聞いてきて教えてくれたのだ。

10%の値上がりと言っても80万円なら8万円の値上がりである。

これは大変!

と、胸がざわついていたところに祖母がやってきて豪胆な祖母からの

「もう買いなさい。落ち着かんでしょ!」

と言う一言に決意を固めて銀行に82万円おろしに行った。

こんな量の現金を持つのは初めてだった。

「鞄1人で持つの怖いからおばあちゃんも一緒に持ってよ!」

と言っておばあちゃんとアラサーが身を寄せ合ってトンチンカンな構図で心斎橋の大通りを歩いた。

ずっと入ってみたかった心斎橋のカルティエの路面店に入りタンクフランセーズを最後に一回見せてもらって、一度唾を飲み込んでから

「これください」

と口にした。

後戻りはできない。

お会計でカバンの中の封筒に入れていたお金を全部渡すと、ころんとした500円玉が帰ってきた。

「お包みしてきますね」

と言われて、その待ってる間の長い時間に出てきたリンゴジュースがすごく美味しくて祖母と2人で感動しながら飲んだ。

私の担当をしてくれた男の人は、
時計の使い方、保証の仕組みなどを丁寧に解説してくれた。

「時計を買うのは初めてですか?」

と言う質問に、yesと答えると、他にどんなブランドを見ましたか?と聞かれたので、

これまでみてきたブランドをこたえてみると、

にっこり自信たっぷりに微笑んで

「あなたの選択に間違えありませんよ」

と言ってくれた。
営業マンの端くれとして自社製品に胸を張りこの笑顔をお客さんに向けられるような営業マンにいつかなりたいと思ってその笑顔をずっと覚えている。

蝋で止められた白い紙に包まれた大きな箱。
そしてそれを真っ赤な紙袋に入れてお店から出るまでお見送りしてくれた。

その人の名刺を大事にしてまた頑張ってお金を貯めてあの笑顔に会いに行きたいと思った。

お店の前でとった1枚。

家に帰って祖母と2人でかしこまって丁寧に丁寧に開封した。

美術館の中のものを持って帰ってきたような、
不思議な気持ちだった。

ちょっとだけ背伸びして初めて買ったブランド品。

カルティエ タンクフランセーズ コンビ。

ずっしりとした重みがあって、
音もなく粛々と時を刻む。

買ってよかったなあ。
と思い、いつもサボりたい時辛い時に手元のこの時計を見て、もう少しやれるな。

なんて自分を励ましてる。

この時計を買った直後にあの担当してくれた優しい男の人が定年退職を迎えて、彼の40年近くにもわたるカルティエ人生の最後の一本がこの時計だったことを私が知るのはまた別のお話。

お母さん、おばあちゃん、おばさん、会社の先輩たち。

本当にいろんな人たちからいろんなことを教えてもらって、大騒ぎして買ったこの時計はそこに詰まった記憶も含めて私の宝物になった。

この時計を礎に私はもっともっと頑張る。

この時計が私が生涯買った一番安い時計にしていけるようにこの時計に恥じない人になりたいと今日も今日とても奮闘中。

人生最高。


お向かいのナイキからみた心斎橋のカルティエ。
このメゾンに入るのが憧れでした。

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