冬の風が頬を掠めた話

冬の風が頬を掠めた。

何を思い出したのだろう。
その冷たい風が、私の頬を掠めた時、走馬灯のような、忘れているようなことが、でも覚えているようなことが、脳裏も一緒に掠めて行った気がした。

死んだじいちゃんのこと?
葬式にはたくさんの人が涙を流しながらやってきて、突然の別れを惜しんだ。実の娘であるはずの母は、実感がないと言い、泣かなかった。叔母は泣いていた。
私もなぜか涙が出なかった。だけど、夜中、突然じいちゃんに、頑張って生きるね、と静かに心の中で言った時、感謝と、後悔と、悲しさが入り混じって涙が出たんだ。
あの時の自分の気持ちはもう忘れてしまった。ただの記憶になった。だけど、あの瞬間、私の中で何かが変わったのは確かで、生きる覚悟が決まった時だと思う。

その時のことを思い出した。人間は過去を風化させてしまう。日常を忙しなく生きていたら、思い出さなくなってしまう。

だから、じいちゃんは、あの時のお前を忘れるなよ、と、私に言いたかったのかな。

それとも、あの人のこと?
長年私の1番の理解者であり、大きな影響を与えてくれた。自分の醜さにも、気付かされた。今となってはもう何に惹かれていたのかわからないが、一つ言えることは、あの時の私は心底惚れていた、ということ。でもそれは、あの時のことであって、今出会っても、あの時のような燃えたぎる情熱を注げはしなかっただろう。私が思い出すのはあの時のあの人であって、あの時感じていた暖かさであって、今となっては、もう、それは虚無である。
でも、あの時感じていた、心地いい暖かさは、紛れもなく本物で、あの時の私が抱えていた暖かい気持ちは、もう2度と抱ける物ではない。青かったんだ。

その時のことを思い出した。懐かしく思った。それは、ふとした時に恋しくなる気持ちだった。

私はまた、あの暖かさを抱きしめられるのかな。

音楽を聴いていた。耳にはめたイヤフォンから流れるようなピアノに紛れてドラムの音がする。

夏、と歌詞にはあった。でも、冬の風に当たりながら聴くその曲はとても心地よかった。胸の中にある、何とも言えない気持ちを、優しく包んでくれた。

冷たい風が頬を掠める。

忘れてしまったことは、きっとまだ沢山あるのだろう。忘れたことさえ忘れてしまったこともあるだろう。

それでも時は過ぎ去るから、後悔しても、懐かしんでも、勝手に時間は進むから。
この冷たい風が掠めた時は、忘れてしまったものを、思い出してみよう。

と、冬空を見上げた。

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