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子連れ白川郷-合掌造りと集落散策-

Shirakawago and Takayama town in Gifu prefecture

3日目は富山市を出発して北陸&東海道自動車道で約1時間。
世界遺産に登録されている岐阜県の白川郷へやって来ました!

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白川郷合掌造り集落」内への一般車乗り入れNGなので、川を渡った村営せせらぎ公園に駐車します。
10時ごろに白川郷ICを降りましたが、この時点ですでに駐車場待ちが発生していました。

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駐車場から川を渡った先には、茅葺屋根のタイムスリップしたような世界が広がっています。

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集落内には小さな水路が張り巡らされていて、底を流れる水は透明でキラキラと輝いています。

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用水路には大小のニジマスがたくさん泳いでいました。
住民が飼っている?自然に流れてきている?のかは不明ですが、背中の美しい柄がくっきり見えるほど、間近にニジマスが見れました。

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ちょうど稲刈りの時期で、集落内の田んぼには黄金の稲穂がみっちりと実っていました。

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観光客がカメラを向ける隣を、稲刈りの軽トラックが田んぼに入っていって農作業をしています。
コンバインが入っている田んぼや、天日干しをしている稲もあり、この地に暮らす人々の日常の生活が粛々と営まれています。

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こうした観光地化された古い町や集落では、地元民と観光客の動線が隔離されていることがあるのですが、白川郷では住民の生活と観光客が共存していて興味深いです。

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いくつかの象徴的な合掌造りのお宅では、建物内を見学できます。
白川郷は稲作に加えて、養蚕と焔硝が盛んだったことから、それらの展示物も飾られています。

この建物は集落のリーダーを勤めてきた「和田家」の邸宅で、国指定の重要指定文化財になっているそう。
政府からの感謝状なども飾られていて、白川郷の実力者として活動されてきた方のようです。

でも、こうゆう集落だとリーダー家かその取り巻きの家に生まれなかったら、一生、心身ともに苦しい生活だろうな…と思ってしまいます。
地方出身者なので保守的な地域のしがらみとか、序列とそれに伴う肩身の狭さとか、色々と思い出してキュンとなりました。
こんな素晴らしい景色の場所に暮らせたら良いけど、気候も厳しい、人間関係もコンサバティブだと、自分にはちょっと難しいですね。

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集落の外れにある坂道を15分ほど登ると展望台があり、道中はアスファルトなので子どもでも自力で登れました。

よくパンフレットやサイトに出ている白川郷のイメージ写真は、この場所からペットボトル級の望遠レンズで撮影したものと思われます。
この展望台の上に「天守閣」という食事処があり、その展望台からも集落がよく見えます。
が、しっかりと記念撮影スタッフがいて写真販売をしているので、ゆっくりと景色を見ながら休憩したければ、天守閣でジュースを買ってテラスで休むのがおすすめです。

白川郷は時間がストップしたような幻想的な空気の中にある集落でした。
そして、未だに普通に生活している人がいて、普通に稲刈りや自分たちの営みを続けながら、新しい観光業とも両立している点はユニークです。
同じく車両規制のあるベネチアもタイムスリップしたような町ですが、地元民のエリアと観光客の動線が分かれていたし、京都のような古都も地元民の生活に入っていくようなシーンは少なかったように思います。
そう考えると、白川郷のような住民の生活と観光客の共存感は特別に感じました。

そして、雪深い山の中に暮らすことが、どれだけ大変かも身を持って実感します。
雪国出身なので雪が頭まで積もるような経験もありますが、それでも茅葺屋根の隙間風だらかの木造建築に暮らすのは、便利でも簡単でもありません。
昔ながらの稲作を続けて、茅葺きの家をメンテナンスして、途方もなくて失神しそうです。

これだけ山深い場所だからこそ文明の届くのがちょっと遅くて、山に囲まれた場所だから出入りも限られていて、新しいことが早く起こらなくて、うまいことこの景観と文化が残ったのかもしれません。
今となっては世界遺産にも登録されて、観光地としてのポテンシャルはダダ上がり。
住民の方々もある程度割り切って、観光地として両立できる暮らし方を実現しているのは、これからの観光のあり方な気がします。

広い場所を切り開いてテーマパークや大きなショッピングモールを建てる観光地の作り方は古くなりました。
古いものをそれっぽい感じで建て直して、雰囲気だけ真似したお仕着せの景観や文化を押し付ける観光も古くなりつつあります。
これからは他の場所では見たり、食べたり、嗅いだり、聞いたりできないモノ・コトに出会うのが、価値のある観光となると思います。

もう、誰かがコンセプトがどうのこうの~と言って作った場所やコトなんて体験しても価値がありません。

「ベネチアをイメージした船」なら、ベネチアでゴンドラに乗りたい。
「アラビアンナイトの世界でディナー」なら、イランでケバブ食べたい。
「NYのマンハッタンのナイトライフが体験できる」なら、NYに行きたい。

そこで培われてきた空気、景観、料理、産業をお金を払って少し体験させてもらう。
今後もこうした観光ができるように、たくさん旅行をして行きたいです。

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