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建築家妹島和世の創造プロセス

建築家妹島和世が大阪芸術大学の新校舎を完成させるまでの3年半を、写真家のホンマタカシが監督・撮影した映画「時間と建築と妹島和世」を観ました。こうした内容が、ドキュメンタリー映画として劇場公開されること自体、画期的だと思います。

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60分というコンパクトな映画ですが、海外での上映を意識しているらしく、英語字幕付きです。日本の建築家は、海外での方が評価されるようですから。妹島も建築業界のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞を受賞しています。軽やかで外に開かれた有機的な建築が多く、私もとても気に入っています。

映画は設計・建設の節目節目で、妹島が監督のホンマの質問に応えることで進んでいきます(ホンマの姿や声は登場しません)。妹島の発する言葉に、建築家のものの見方、そして妹島のこだわりが現れるので、そこがとても興味深い。

建築の場所や予算は所与ですから、そうした制約の中でどのように妹島は発想しそれを形にし、施主の要望に応えていくのか。

発言からうかがえた妹島の思考及び行動を、二つの軸で捉えてみました。一つは、身体と脳(認知)。具体と抽象ともいえるでしょう。場に身を置き、身体で感じることをとても重視しています。しかし、それに偏重しないように、一歩引いて「考える」ことも常にセットに行っているようです。妹島ですら現場で感じたことをそのまま実行すると、間違ってしまうことも多いそうで、事務所に返って冷静に考え直したり、他者の意見を聞きバランスをとっているのです。

もう一つの軸は、活動場所としての現場と事務所。こうして2X2の4つのマトリクスができます。

・現場X身体
現場に身を置くことでしか捉えられない空気感や光、周囲の環境との整合性などが、設計の基本になります。

・現場X脳
定期的に進行中の現場を訪れ、自分の頭の中で出来上がっているイメージの確認作業を行っています。現場を訪れた妹島にホンマ発した、何をしに来ているのかとの問いに、ちょっと考えて「確認しているのです」と応えました。まだ建物が立ち上がっていない現場で、まるでそこに建物があるかのように現場監督と質疑している姿は、脳の中と現場をヴァーチャル・リアリティでミックスしているように感じられました。そうして確認しているのでしょう。

・事務所X身体
事務所には多数の模型が置かれています。最近はCGや3Dでイメージを構築する建築家も多いらしいのですが、妹島は模型にこだわるそうです。やはり事務所で設計する際も、模型という三次元のモノと身体を対話させた方が、イメージしやすいのだそうです。

・事務所X脳
とはいえ、最終的には二次元の図面に落とし込むのは脳の認知的作業になります。そこではコンピュータ上でCGやVRなども駆使した、論理的活動になることでしょう。


妹島は、自分の4つのマトリクスと、事務所スタッフや施工業者が持っているマトリクスを適宜交換して、自らの客観性を保っていることも見逃せません。

身体と現場にもこだわる妹島のスタイルは、とても日本らしいと感じました。ハイテクも使いこなせるが、やはり人間と環境との対話を最も重視する姿勢。

歴史的に日本人はこうしたスタイルを最も得意としてきたのだと思います。世界に評価された製品、例えばかつてのカメラやウォークマン、現在であれば内視鏡などは、その最たるものではないでしょうか。日本人建築家も、その文脈にのっています。

多くの制約の中でさまざまな要素を統合して形を作りげる、建築家から学ぶべきことは、たくさんあるように思います。

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