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「幸福についての省察」を読んで

日々、コロナ禍に加えウクライナでの戦争の報道に接するうちに、精神のバランスを保つのが難しくなってきはしないでしょうか。こういう時にこそ、人間にとっての普遍的なことを考えてみるのも大切だと思います。

そこで、シャルダンの「愛について」(みすず書房刊)を読んでみました。その中の「幸福についての省察」という演説(1943年12月28日に日中戦争さなかの北京にて)を書き下ろした文章を以下に整理してみます。

著者のテイヤール・ド・シャルダンは、司祭、哲学者、古生物学者であり、20世紀の生んだ最も影響力のある思想家の一人です。


彼はまず、幸福を三つの形態に分類して示しています。

1)平穏の幸福
「わずらわしさも、危険も、努力もご免だ。接触の数を減らそう。幸福な人間とは、もっとも少なく考え、感じ、のぞむ人のことである。」

足るを知る、禁欲的な態度と言えるでしょう。

2)快楽の幸福
「人生の目的は行動し創造することではなく、利用することである。ますます少ない努力、ないしは、盃や酒を買えるに必要なだけの努力でいい。幸福な人間とは、自分が両手で握った瞬間をできる限り完全に味わい尽くすことができるような人間のことである。」

現在の瞬間に自己を満足させること、しかも最小の努力で最大の恩恵を目指すという快楽主義です。

3)成長の幸福
幸福はそれ自体として存在し、追い求めるものではなく、「しかるべきかたちで遂行された行動のしるし、いわば報酬に過ぎない。いかなる変化も、それが上昇しつつ行われない限り、真の幸福を与えてくれることはありません。幸福な人間とは、直接に幸福を追い求めることなく、充溢へと至る行為の中で、前進してゆくその行為自体の終局において、付加されたものとして、歓びをどうしても見出してしまう人間のことである。」

幸福とは目指すべきゴールではなく、前進するプロセスにあるのです。それに歓びを見出す人こそが幸福な人なのです。

彼は、上記の三つの幸福を示したうえでどれを選ぶべきかに関して、3)であると断言します。その理由は、宇宙の原理にあるといいます。

宇宙は相反する二つの流れに従って動いているといいます。
・物質を解体の極限状態の方へと誘う流れ
・有機的諸単位の形成にいたり、その天文学的に複雑な高次の形態がいわゆる<生物世界>を形作った流れ

生命は、後者の流れに従います。
「生命は、全体において観察しても、有機的存在の細部において観察しても、組織的かつ不可逆的に、徐々に高次の意識へと進展しているのです。」

したがって、三つの幸福分類について、どれを選ぶべきかは、
「科学的客観的な見地から生命の呼びかけに応え得る唯一の回答は、進歩の歩みだけです。」
と断定します。それが、宇宙の摂理だからだと。成長が、あるべき姿なのです。(快楽と成長欲求を結び付けたところに、資本主義があると言えそうです)

次に、人間の成長、すなわちより高次の統一へと向かうこととは、どうすることなのかに論を進めます。

人間の内的統一の過程、つまりその人格化の過程には、三つの局面があると言います。

1)自己に向かって集中する:成長する幸福
「人間は、自己を陶冶育成するということにおいてのみ人間なのです。」
「全生涯を通じて、自己を組織化する、つまり、われわれの思想と感情と行為とに、常により多くの秩序と統一をもたらすように努力しなければならないのです。」
「内的生活の一切の計画、一切の関心、ますます霊的な、ますます高次の対象を目指すその不可避的な趨性に従わなければなりません。」
「存在するとは、自己を鍛え上げ、自己を発見することにほかなりません。」

一般的な自己成長のことです。

2)他者と我々の存在の合一:愛する幸福
「人間は一つの『集団現象』に対応しています。人間は、自己自身から出て他者と結合し、その結合を通じ、大いなる複雑化の不足に適応しつつ、より多くの意識を成長させていかない限り、自己自身の極限まで進歩することはできないということを、意味しています。」
「愛というものの緊急性とその深い意味とはここに由来します。愛こそ、その様々な形態のもとに、我々の個体的中枢を選ばれた特権的な他者の中枢と結合させるように促すものだからです。」
「愛の本質的機能と魅力とは、我々を補い合うことに他なりません。」


人は他者と相互関係を築いて、初めて(一人では到達できない)更なる成長を遂げ、幸福に到達できるのでしょう。愛がその言動力になります。

3)大いなるものの存在の一部になる:礼拝する幸福
「自己の存在の基礎を拡大すること、すなわち自己を『他者』によって支えることを強制されています。」
「宇宙的な意味において、我々がその意識的小部分に過ぎないひとつの有機的全体に自己を合体させ、自己を従属させるということです。」
「自己よりも大いなるものに己の生命を服従させ、帰属させなければなりません。」
「自己を拡大するために、ついに果てしない空間を見出した生命の爆発的な歓び」

個から集団を経て、さらに大きな存在の一部となる幸福。宗教的な意味だけでなく、地球環境や平和を希求することの意味を、そこに見出せます。こうした宇宙的視野で、自分の幸福についても考えてみたいものです。


最後に彼は、上記に対応して、幸福になるための行動指針を示しています。

1)成長する幸福のために
「最小の努力へと誘う傾向に対して戦わなければなりません。」
「究極において、幸福が我々を待ちうけているのは、内面的な-知的、芸術的、道徳的な-完成を目指す努力においてなのです。」
「精神は物質を通じ、かつ物質を超えて、営々として築き上げられてゆくものなのです。」

2)愛する幸福のために
「我々を自己自身のうちに閉じ込めるように、あるいは、他者を自己の支配下に服従させるように促すエゴイズムに対して、戦わなければなりません。」
「真の至福に至る唯一の愛は、共同で実現される霊的進歩を通じて表現される愛に他なりません」

3)礼拝する幸福のために
「なんらかの方法で、我々の最終的関心を、周囲の世界の歩みと成功の中に移し入れなければなりません。」
「ただ単に、一つの大いなることがらと自己との活ける連帯関係を自覚した上で、最小のことがらをも力を尽くして行えばそれでよいのです。」
「生命の流れ全体との深く本能的な合一の中にこそ、いっさいの歓びのうちで最大の歓びが隠されている」


宇宙的スケールで人間を捉えるシャルダンの思想は、今こそ必要だと感じます。
資本主義や民主主義の限界が、ひたひたと押し寄せている現在、成長、愛、礼拝の三つの幸福を自分に紐づけて、考えていきたいと思います。

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