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いちばん身近な、怒りのエネルギーの飼い慣らしかた


怒りのエネルギーを飼い慣らすときに、料理はとても有効な手段のひとつだと思う。



料理は、バランス感覚とセンス(愛)がないと、美味しくは仕上がらない。


怒りが湧き上がっているときは、大抵バランス感覚が乱れている。


そんななか、下手したら怪我をしかねないので、集中せざるを得なくなるし

ひとつひとつの作業に集中することで、無心になれ、作業を終わらせる頃には、料理は完成する。

もちろん最初の頃は、センス(愛)の欠片もない、どこか足りない感じのクオリティになるかもしれない。


でも、それを繰り返していくことで、怒りの飼い慣らし方が、すこしづつ身についてくる。

ただ、ひとつひとつの作業を丁寧にすること。

心が乱されている状況でも、丁寧に目の前のものと向き合うこと。




その結果が、目の前の料理という、わかりやすい形で現れるのも面白いし、それを自分のなかに取り込むことで、救われてもいる。

慣れてきたら、黒魔女的な気分で

「イーヒッヒッヒ…お前たちをひとつ残らず、美味しく喰らってやるわぁーー!!(悪笑)」

と、厨二病全開で作るのも、楽しい笑


(おそらくそんな時の私の背中からは、ズモモモとした黒いものが立ち上ってるに違いない笑笑ꉂꉂ(ˊᗜˋ*))


ほかのことにも通じているとは思うけれど、料理って、心の鍛錬にとても向いているツールのひとつだと思う。


noteでも何度か書いているけれど

掃除とか料理とか
そういう日常的なものに、意識的になって向き合うこと
丁寧に、心を、愛を、浸透させること

その繰り返しが、本質的スピリチュアルに生きることだと、私は思っている。

どうしても、スピリチュアルっていうと、現世的御利益的ななにかだったり、地に足のついていないふわふわなものが、それだと思われがちだけれど、違うのよね。

それも、全くない訳では無いけど、あくまでそれは副産物。

本来、スピリチュアルな生きかたって、とても地味だし、静かに、でもたしかに積み重ねていくものなんだと思う。

でも、それを繰り返していくことで
表層的なものに、とらわれない
本来自分のなかに、既に備わっていた「ほんとう」が浮かび上がってくる。

それこそが、ほんとうの宝珠なんだと、私は思う。

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