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この1年で私を変えた、HSPの方々(序)


【前置き】

私は記憶力が非常に乏しいため、ご紹介する方々の内容について、誤りがあるかも知れません。ご理解のほど、お願いいたします。
いろいろあった1年ですが、主に昨年夏から出会った、HSPの方々をご紹介します。

れにさに さん

全ては、この方から始まりました。
頭と心のお医者様だけど、ご自身も鬱で休養中という珍しい女性でした。

家庭環境が良くなかった上、頭の病気がある弟さんをお持ちで、苦労してお医者になられた方。そのため、結婚や恋愛に引け気味ですが、利他精神があり、慈愛に満ちた方でした。

本を良く読み、とても賢くて分析力があり、ユーモアもウィット(皮肉)も豊富。

私の敬愛するバンドBUMP OF CHICKENや、水曜どうでしょうも好きだし、漫画もたくさん読む。(ジョジョはもちろん、ミステリと言う勿れを教えてくれたのもこの方) 確か、ギターも弾けたんじゃないでしょうか。その上、仮面ライダーシリーズが大好きという、男性好みの趣味も持ち合わせていたので、親近感がすごかったです。彼女のファンは、男女問わず、とても多かったはず。趣味の幅も、奥行きもすごい、どこを切り取っても勝てる気がしないスペシャルな人。こんな人が世の中にいるんだ!と思いました。

ツイキャスを初めて知ったのは、彼女がきっかけです。特に、私も好きなウイスキーや焼酎を常飲されていて、乾き物のおつまみも好きだったので、そういうお話や、上記のような趣味の話で盛り上がっていました。季節は夏で、好きなウイスキーを飲みながら、「窓越しに吹きこむ風が気持ちいいよね、そっちはどう?」なんて話したり。彼女のキャスは、それはそれは、とても居心地がいい空間でした。

彼女からもらったものは、次のものです。
1.慈しみ・寄り添いの心
2.世の中の事象を、世論とは別の角度から分析する能力
3.薬学知識
4.悪いことから逃げる勇気

他にも、尊敬していて真似したいところは、数々ありましたが、私のようなものが真似できるようなレベルのものでは、ありませんでした。

転職を機に、小説家になりたいという夢を追うという理由で、当時のアカウントは凍結なさいました。とても悲しかったことを覚えています。

彼女の幸せを、今も祈っています。


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はやてん

れにさにさんと出会ってから、そのフォロワーである、はやてんことHayatemaru君と仲良くなりました。出会った当時は、危険作業が多いブラック企業に勤務していました。

いじめられた経験から、ひきこもりの生活が長く、基本的にはネガティブなのですが、それがエンパスを持つきっかけになったのか、何も言わずとも人の気持ちを察し、優しい言葉を掛けてくれます。また、自分を育ててくれたおばあちゃんを敬愛し、一度受けた恩は一生忘れない、仁義に厚い男でもあります。彼のネガティブさ、人にやさしく、自分に厳しく、仁義に厚いところは、とても私と似ています。

漫画の所持数が3000冊を超える、大の漫画ファンで、ELLEGARDENなどのロックを始め、音楽好き。仮面ライダーシリーズも大好き。それらから受けた、彼に宿る熱いヒーローの心、弱きを助け、悪しきを絶対許さない、正義の心もくじけない心も、やはり共感するところです。彼がおすすめしてくれた仮面ライダークウガを、全話一気に視聴しました。いつも笑顔で、自分自身がどんなに辛い状況でも、当たり前のように人を助ける主人公、「五代雄介」のファンになりました。

Twitterや、れにさにさんのツイキャスを通して仲良くなった頃、彼は、仕事中に大きな落下事故に遭い、全身に重傷を負いました。死ぬかも知れないような大事故で、病院に緊急搬送後は、指も動かせない状況。毎日のように彼とTwitterでやり取りをしていた、れにさにさんと私は、スマホの音声認識でツイートされた、跡切れ跡切れで平仮名だらけの彼のメッセージに、やっと事故の内容を知り、心が折れそうになっている彼を、とにかく励まし続けました。

我慢強すぎる彼は、他人に迷惑を掛けるのを、徹底的に避けて生きてきました。これも私と同じです。痛み止め薬の効果が切れる深夜、ナースコールを全く押さないから、看護師さんに叱られたというので、私とれにさにさんも、迷わずボタンを押すように諭し続けました。漫画「カイジ」の鉄骨渡り編のワンシーンの、「押せっ・・!」「俺は押さないんだっ・・!」のネタや、いつもの趣味の話などで笑い合って、骨折したところが痛いから笑わせないでくれと、嬉しそうに言われました。何日も諭し続けた結果、「昨晩はボタンを押したんだ」と聞いたとき、「クララが立った!」と、また茶化して笑い合い、喜び合いました。

その後の入院生活で同室になった方々にも、優しく接し、「貴方は若いのに信じられないくらい優しい人だ」と褒められ、たびたび「俺なんかどうせ」とこぼしていた彼の存在意義は、私にとっても鼻が高くなるほど、明らかに大きくなっていきました。彼こそ、他の誰よりも生きるべき、ヒーローのような人だと思います。

特筆すべきは、陰キャの私は普段、誰とも目を合わせませんが、彼は入院生活のあいだで、様々な人から話しかけられ、その全てに優しく接したことです。それは、彼が話しかけやすいオーラをまとい、優しさが目に見えてわかるからです。他人を避け続ける私には、持っていないものでした。

毎日、彼に掛ける言葉は、私自身への励ましにもなりました。彼が働けないかわりを私が努めている感覚で、なんとか彼の役に立ちたい、誇りをもって生きていたいと思っていました。五代雄介のバディ、一条薫のようにです。

退院後、れにさにさんがTwitterから離れたころ、まだ両手の骨折が痛むまま、彼は大好きなギターの弾き語りを再開しました。 そして、れにさにさんと同じように、恐る恐る、ツイキャスを始めました。ここから彼のツイキャスを通じ私は、より多くのフォロー先に出会うことになりますが、またそれは別の話。 彼がツイキャスに慣れていくにつれ、HSPというものについて知り、それについて語ったり、自身の回復のために、散歩や筋トレをしたりと、どんどん新しいことにチャレンジしています。休みの日には一切外に出たくない陰キャの私からすると、同じ気質だったはずのはやてんが、どんどん先に進んでいくのを見て、本当に感心してしまいました。 それは、Twitterやツイキャスで、みんなとつながれたからだと思います。 私もいずれ、彼のように、スタバに一人で行けるようになりたいです。

今の彼は、PTSDが残り、日々悪夢にうなされ、ブラック企業のネガティブキャンペーンを信じる地域住民にけなされ、ノイローゼになった母親にも愚痴を聞かされる日々。係争とPTSDが早く解決するよう、祈るばかりです。

彼からもらったものは、次のものです。
1.慈しみ、寄り添う心
2.相手の気持ちを、深く想像すること
3.自己犠牲、奉仕精神
4.折れない心
5.仲間を信じる心
6.新しいものにチャレンジする勇気

これからも、彼はいろんなものを見つけ、私の前を歩いてくれる気がします。 逆に、私が与えられるものは何なのかも、模索していきたいです。