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『柊ミナモは溺死する。 』

『柊ミナモは溺死する。』は2016年秋・コミティアで、同人サークルSnestraiNにて発表した僕のはじめての同人小説です。もうすでに絶版となっているのですが、データを整理してたらまるっとでてきたので、載せちゃいます。 全部無料公開は恥ずかしいので途中から有料ですが、それでもよければぜひ。

※軽微ですが、性描写あります。

【0】

きっと誰も信じてくれないと思います。
でも、事実なんです。
だから、勇気を出して、掲示します。
 
来る6月25日、世界は水没します。
 
私たちにはどうすることもできません。
抗う術はありません。
どうしようもないんです。
世界の終わりです。  
 
あなたはこの話を信じないかもしれません。 
いたずらだってせせら笑い、何事もなかった普通の日の、ほんの一ページに過ぎないと思う事でしょう。
けど、もし、もしあなたが聡明であるならば、この掲示を信じて下さい。
そして、どうか、倶楽部にきて下さい。
一筋の救いをご提示いたします。
 
願わくば、あなたが水没して、息絶える前に。



息をしているような、していないような。
首元がゆっくり、きゅうっと締められる。
ひんやりとした手が心地よい。ゆっくり、ゆっくりと圧力がかかる。
喉の奥が強制的に閉じられていく中、かすかな会話。

「どうする…?やめる?」
「ま、だ、つづけ、て…」

指が首筋を這い、そっとなぞるように優しくタッチしたかと思うと、かぎ爪のように食い込ませる。

「う、あ、あ、ち、ょ…」

堪らず床をバタバタ叩き、ギブアップを告げる。
コンクリートの固さが、手に痛い。
その様子を見かねて、彼女はそっと手を放した。

「ゴホッ、ゴホッ…ありがとう」
「いいのよ、カナエが望むなら。何度だって」
「…もうすぐだね」
「ええ、もうすぐ。世界は水没する」

 彼女は、そっと私の手に触れる。

「あなたは、私が絶対、幸せにしてみせるわ」

 と、少女『柊ミナモ』は微笑んだ。

【1】

私、赤槻カナエが、柊ミナモと出会ったのは、新学期の春だった。
その日は休日で、図書館開放を狙ってわざわざ登校したのだった。
私の通う鴨鳥中学校は、どこにでもある公立の学校。
強いて特色を上げるのであれば、教室の窓から海が見えること。
近隣に娯楽施設はほとんどなく、駅前に地元をPRするピカピカ物産展と、見飽きたショッピングモールがあるくらいだ。
そんな何もない街の中で、図書館は、枯れた大地から新鮮なわき水が出ているようなスポットであった。
今年から中学3年生。
まだ進路は決めていないけど、どちらにせよ勉強は必要になる。
勉強に飽きたら、お気に入りの音楽を聞きながら本を読めばいい。
休みの日だから、スマホをいじっていても怒られない。
最高の時間が、そこにあった。
音楽室から吹奏楽部のちょっと間抜けな金管楽器の音色が、食堂からはダンスの軽快なJ-POPが聞こえ、閑散とした廊下に響く。
目の前に佇む図書室の扉はひっそりと閉じられていた。
廊下を歩いていると、「掲示板」が目に入った。
普段なら気に留めることなくスルーする所ではあるが、何故かその時、目に入って来たのだ。

「水没……?」

掲示板の隅っこの方に、手書きで書かれたコピー用紙が一枚あった。
細く綺麗な字だった。
その紙には「もうすぐこの世界が水没してしまうこと」について書かれていた。
字が綺麗だったから、なのだろうか。あり得ない(というか理解できないしオカルト的な)ことが書かれているその掲示を、ずっと見つめていたいと思った。
曰く、海ノ猫倶楽部という人たちがこれを書いたらしい。
そんな名前は、聞いた事はない。誰かのいたずらなのだろうか。
そう、勿論これはいたずらなのだ。思春期をこじらせた妄想。
6月25日に世界が水没する…なんてあり得ないし、まあ発想はおもしろいかなという感じ。何様だ。
…でも予感、予感はあって。
この毎日を変えてくれる非日常に期待している自分もいる。
ある日突然、魔法少女になってしまう夢が、どこか忘れられないように。
気がつくと、掲示板から紙が消えていた。

なんかぼうっとする気持ちの中、私は図書館の扉を開ける。
ふわっとした風が吹き込む。日の光に包まれたカーテンがそよぐ。
古びた木の机に並べられた本。本。本。
そこに佇む少女が1人、いた。
…清廉な顔立ち。
可愛いというよりは美人で、艶やかなロングの黒髪(日に当たっていたせいかもしれない)
少し切れ長の目が悪魔のようでドキっとした。
女の子を見て、こんな気持ちになったのは生まれて初めてだったので、戸惑ってしまう。
これが俗にいう一目惚れかあと思いつつ、相手が女の子なんて。
そんなこと自分の人生にあるんだなあなんて。
小説みたいだなあ、恋しちゃうのかなあなんて。
気恥ずかしさ一杯で、そんな妄想を巡らせていると、彼女から声をかけられた。

「…その紙、興味あるの?」

私の手には、さっきの掲示板の紙が握られていた。
 
「え、あ、あ、これは、変なのが貼ってあるなって」

とっさの言い訳。多分、彼女も張り紙を見ていたのだ。
 
「ちょっとびっくりしたよね!世界が水没するとかなんの…」
「中身、ちゃんと読んでくれたの?」

ガタッ、と椅子から立ち上がると、彼女は私の方に近づいてくる。
風が、甘い香りを運んでくる。

「あなた、名前は?」
「3年の赤槻カナエですが…」
「3年の柊ミナモ。カナエ、あなたが初めてのお客様だわ」
「お客様って……ここ普通に図書館だけど」
「ううん、違うの。掲示に導かれた人が、ってこと」
「もしかして、あなたがこの紙を…?」
「そう、私が書いたの」

あちゃー、この子だったのか。
美人って、やっぱりどこか電波娘だったりするものなのだろうか。
それに引っかかった私も私だが。

「そ、そうなんだ。…なんかすごいね」
「何が?」
「だって一週間後、世界が水没しちゃうんでしょう?」

柔らかい表情を作ろうとして、半笑いになりながらそう言うと、
ミナモは真剣なまなざしでこっちを見返す。

「あり得ないことに直面すると、人はまず否定から入ろうとする。でも、それってとても賢いことなの。真実を容易に鵜呑みにしないという点で」

スパッとそう告げると、彼女はすこし微笑む。

「でもね、確実にこの世界は水没するの。それはなんでか?とか、どうして?とか、そういった概念の垣根を超えて、事実としてそこに具現化する」
「いやいや、おかしいってそれ。具体的なこと何も見えてこないじゃない」
「あなた、この紙に興味を持ったのでしょう?だったら、あなたには真実をみる素質がある。真実は、そこにあると信じた人にしか扉を開かないわ」
「真実?」
「おかしいことを言ってるかもしれない。けど、本当にこの世界は一週間後水没する。もし私の言う事を信じてくれるのであれば、私はあなたをこの世界から救ってあげる」
「さっきからなんのことかさっぱりだし、妄想過ぎるよ。ミナモ…さんの、発言の、どこに根拠があるのさ」
   
時計の針が、チッチッと鳴る。お互いに見つめ合う時間。
柊ミナモが口を開く。

「…死ぬわ」
「え?」
「今日この後、命が一つ……」
「それって……」
「それじゃ」

ミナモは、鞄を持って図書室から出て行った。
すれ違い様にみた彼女の瞳は、深い沼のようだった。

次の日の朝、グランドで猫の死体が一匹、発見された。
外傷はほとんどなかったが、ひどく濡れて湿っていたらしい。
最初に発見したのは、朝練にきていたバレーボール部の女性生徒。
相当ショッキングだったらしく、金切り声を上げパニックなったので、学校中のニュースとなった。
猫の死体は、先生たちの手によって処分され、放課後になる頃には事件も落ち着いていた。
十中八九、ミナモがやったのだと私は思った。
私は、柊ミナモにあう為に図書館へ向かった。
放課後の図書館は、休日とは違い、人が集まっている。
辺りを見渡してみたが、それらしき影はない。
連絡先も知らない相手なのだ。会おうと思って、会う事は中々に難しい。
そのための予定調整であり、約束であり、待ち合わせなのだ。
人が出会う確率は天文学的な奇跡、72億分の1だっていうけど、あながち間違ってないのかもしれない。
お目当てを見つけられなかったので、諦めてしばらく読書をしていると、チャイムが鳴った。
気がつけば下校時間。もう夕方だ。
すっかり暗くなってしまった窓の外をみて、なんとなくため息をつくと、後片付けして外にでた。
 
「待っていたわ。カナエ」 

お目当てが校門の前に立っていた。
黒髪ロングがツインテールになっており、なんだか子供っぽい。
それにしても綺麗な顔立ちである。羨ましい限りだ。

「…会う約束なんてしてないけど」

少しぶっきらぼうにそう答えると、クスクスとミナモは笑う。

「昨日ぶりね。どう、驚いた?」
「驚いたって……やっぱり」
「一つ、命が消えたでしょう」
「ミナモさんがやったの…?」

恐る恐る、しかし確信をつくように聞く。

「違うわ。私じゃない」

きっぱりそう言うミナモ。予想外の返答である。

「じゃあ誰が…」
「立ち話もなんだし、歩きながら話しましょう。倶楽部へご招待するわ」

ミナモはくるっときびすを返すと、コツコツと歩き始めた。
無視すればいいのに、突っぱねればいいのに、なすがまま、私もミナモの後を追いかけた。

「あれはね、拾って来たのよ。帰り道にあったの」
「死体が?」
「そう。波打ち際に投げ出されてた。見覚えのある野良猫ちゃんでね。私は、一目でその子だとわかったわ」
「誰かが虐待したのか、それとも最初から死んでいたのか」
「水没に巻き込まれたのよ。この世界はもう終わっていく運命にあるの」
「その話に繋がるわけ?」
「あの猫ちゃんだけじゃないわ。これから毎日、こういった事件が起こる。何も知らずに、気づけば、みんな溺死していくのよ」

何やら怪しげな倉庫の前で、彼女は立ち止まった。
漁船用の倉庫だろうか、やけに大きい印象だった。

「ここは……」
「さあついたわ。どうぞ、入って。土足でも大丈夫」

閉じたシャッターの横のドアをあげると、おいでおいでとミナモが手招きする。
開いたドアの隙間から、暗い倉庫内がうっすら見える。
深い闇。でも、どこかでそれを望んでいる気がする。

「ようこそ、カナエ。海ノ猫倶楽部へ」

私は、足を踏み入れた。 

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