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『エンゼル・シネマ』

▼映画館

・天使と少女は小さな寂れた映画館の中にいる。二人は並んで座って映画を見ている。二人の他に客はいない。天使の瞳は小さい。少女の瞳は大きい。同じ瞳でも写るものは違う。


少女「ねえ、これ面白い?」

天使「……」

少女「面白い?」

天使「しー、上映中はおしゃべり禁止」

少女「誰もいないでしょ?」

天使「ほら、今、いいところ」

少女「……つまんない」

天使「もう少しで終わるよ。感想は、最後まで見てから」


▼ロビー

上映が終わってロビーに出る二人。外は雨が降っている。


天使「はー、やっぱり名作はいいねえ。色褪せない」

少女「……」

天使「どうだった?」

少女「よくわからなかったけど、最後の二人は綺麗だった」

天使「そう! そこなんですよ!
   この映画は最後のシーンで評価がひっくり返ったんだ。
   きみには見る目があるね」

少女「そ、そうかなあ……」

天使「うん。映画は好きかい?」

少女「まあ、ふつーかな。学校よりは楽しい」

天使「そっか。楽しいと思えることは素敵だ。
   お茶にでもしよう。何にする?」

少女「あたしオレンジジュース」

天使「おや、またそれかい?」

少女「だって好きなんだもん」

天使「飽きたりしない?」

少女「しない」

天使「んー。今日は紅茶にしよう」

少女「えー」

天使「紅茶の味を知っている女性は魅力的だよ?」

少女「……じゃあ、それで」

天使「砂糖とミルクを用意するから、
   きみは机と椅子の準備を」

少女「うん……。ここにはどのぐらい映画があるの?」

天使「ありとあらゆる種類の映画があるよ。
   アクション・コメディ・ファンタジー・
   ミステリー・サスペンス・ホラー・任侠ヤクザものまで」

少女「全部見切れないね」

天使「そうだね。人の一生だと見切れないかもね。
   だから選んでる」

少女「おすすめ?」

天使「まあ、そうなるかな。(紅茶を出して)はい」

少女「ここで見るやつ全然知らないのばっか」

天使「知ってる映画あるんだ」

少女「バカにしないでよ。家でたまにみるし」

天使「ほう……。どんなの?」

少女「ええ……アニメとか」

天使「いいねえ、アニメ。好きなの?」

少女「(紅茶を飲もうとして)あつい」

天使「いきなり口つけちゃダメだよ。ちょっと待つの。
   それで、どんなのが好きなの?」

少女「……わかんない」

天使「わかんないんだ?好きなのに?」

少女「別にそんなに興味ない。
   友達が話してるやつ、テキトーに見てるだけ。
   お母さんが帰ってくるまで暇だし。もう飲んでもいい?」

天使「飲めそう?」 

少女「まだちょっと熱い」

天使「ちょうどいい温度を探してごらん。
   口につけても火傷しないなーって思うくらい」

少女「……あと少し待つ」

天使「いいね。その間にクッキーはどう? バタークッキー」

少女「食べる」

天使「どうぞ。
  (外を見て)この様子だと、今日はもうお客さんこないかな」

少女「いつもきてないでしょ、私以外」

天使「そんなことないよ、たまにふらっとくるよ」

少女「嘘ばっかり。私、見たことないもん。
   この映画館って変。街の外れにあるし、
   誰に聞いてもそんな場所知らないって言うし」

天使「ここは必要としないと見えない世界だからね。
   誰でもこれるわけじゃないんだ」

少女「じゃあ私は特別ってこと?」

天使「映画を好きになる才能があるよ」

少女「それ役に立つ?」

天使「どうだろうね。立てようと思えば。古今東西の知識が詰まってるからね」

少女「……勉強するより映画みよっかな」

天使「はははっ。それもありだと思うよ。
   ただ前提として映画はフィクションだから嘘の知識もいっぱいある」

少女「じゃあダメじゃん」

天使「鵜呑みにしすぎるのは危険だね。
   勉強して分別がつくようになったほうがいい」

少女「やっぱり勉強かー」

天使「勉強するともっと映画が楽しくなるよ。歴史物や時代劇は特に。
   あと何も学校の勉強だけじゃない。
   たとえば、映画を構成する要素に注目してみる。
   脚本・演出・撮影・音楽・照明とか。
   好きになった作品の監督を遡ってもいい。
   監督の意図や癖がわかると、
   今まで流し見していたシーンが意味を帯びたりする」

少女「(話を聞きながら紅茶を飲む)……うん。ちょうどいい」

天使「あ、紅茶」

少女「砂糖、足してもいい?」

天使「もちろん」

少女「これ、おいしいね」

天使「わかる? 知り合いから譲って貰ったんだ。
   海外から取り寄せた一級品だって」

少女「……どうやって作ってるんだろう」

天使「気になる?」

少女「うん」

天使「じゃあ調べて今度教えてよ」

少女「え、知らないの?」

天使「私が何でも知ってると思ったら大間違いだよ」

少女「……わかった」

天使「いつ教えてくれる?」

少女「え、じゃあ、今度ここにきた時……?」

天使「またきてくれるんだね」

少女「嫌いじゃないから……。それに私、ここの数少ないお客さんだし」

天使「楽しみにしてる。さて、次の回の準備しようかなあ。
   きみはどうする? 見ていく?」

少女「んー……」

天使「強制はしないよ」

少女「……次は、何をみるの?」

天使「考え中。一人で見たい作品と、きみと見たい作品があるから」

少女「……じゃあ、見る」

天使「わかった。今度はアニメにしようか。ずっと実写続きだったし。
   きみも好きだろうから」

少女「え、ほんと! 私、みたいやつがあって……」

天使「実はね、アニメの価値観が変わる映画があるんだ!」

少女「……。へえー」

天使「前知識なしに見れる君は幸せものだよ? これを知らないんだから」

少女「……そうなの?」

天使「そうなの。あー楽しみ」

少女「……長い?」

天使「90分!さくっと見ちゃおう。
   その頃にはきっと雨も上がるよ」


※2020年7月執筆

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