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『雨とバレット』


登場人物

・神崎(かんざき)リナ
・御堂(みどう)サユキ

【本編】



(リナの夢)

    

リナ 「君の辛い事も悲しい事もすぐに思い出にしてあげる。だから、そんな顔しないで」


リナ 彼女のうなじから鎖骨にかけて、指でなぞる。密着した体温は生々しくて、でも髪から香る甘い匂いは魔法のようで、くらくらする。


サユキ「リナはいつも優しくてくれるよね。ありがとう」

リナ「……うん。そうだよ。私はいつだって、サユキの味方だから」


リナ 優しい口調で囁きながら、私は、サユキの背中に冷たい銃口を突きつけた。

(銃声)

リナ 即死だった。サユキの白い肌が赤黒く染まっていく。だらんとなった身体を抱き抱える私。掌に滴る血を感じながら、ただ自分のした光景を、まるで他人がやったかのように俯瞰する。そうやって虚しさと自らの愚かしさを自覚するのだ。

リナ 目を覚まして、自分の手のひらがまっさらであることを確認し安堵する。汗ばんだパジャマが気持ち悪い。

リナ 今日もまた、拳銃と彼女と血だまりの夢で朝を迎える。……君が私の心に棲み着いている。


     ♢


サユキ「リナ。どうしたの? 帰らないの?」

リナ「え、ああ……」  

リナ その日は雨だった。天気予報で降水確率10%だったから大丈夫だろうと甘くみたのが運の尽き。本降りの雨がカーテンのように私の視界を遮っていた。校舎に戻ろうと振り返ったその時、御堂みどうサユキはそこにいた。


サユキ「もしかして傘、忘れちゃった?」

リナ「まあ、そんなとこ。置き傘、借りてくる」

サユキ「え、いいって。あたし、折り畳み傘持ってるから。二つ」

リナ「なんで…?」

サユキ「ずっと入れっぱなしにしてて…。なんか重いと思ってたんだよねー」

リナ そういうと彼女は鞄の中をガサガサし始めた。キーホルダーには不釣り合いであろう、大きなぬいぐるみがその度揺れる。


サユキ「はい、貸して上げる」


リナ 彼女は、パステルピンクの折り畳み傘を一つ差し出し、微笑む。

サユキ「かわいいでしょ?」 

リナ「……いや、やっぱり悪いよ」

サユキ「どうして?」

リナ「返すの、めんどくさいでしょ。そんなに会うこともないんだし……」

サユキ「そうかな? あたしは全然?」

リナ「でも…」

サユキ「……リナ、あたしのこと避けてたりする?」

リナ「え、いや…そんなこと」

サユキ「じゃあ、受け取って?」


リナ 結局私はサユキの傘を借り、その流れで一緒に帰る事になった。サユキはおしゃべりだ。先生やクラスの男子、ファッションから勉強の話まで息つく暇もなく捲し立てる。ちょっと離れようとすると近づき、曖昧な返事を続けても、お構いなしにグイグイ迫る。わがままで、可愛くて、女の子で。サユキは、キラキラを纏う少女だった。

サユキ「こうして二人で帰るの、いつぶりかな?めっちゃ久々って感じ」

リナ「そうだね」

サユキ「リナ、全然あたしと目、合わせてくれない。…そんなにあたしが嫌?」

リナ「からかわないでよ。サユキ」

サユキ「からかってなんかないよ。本気で聞いてる」

リナ「……嫌じゃないよ」

サユキ「…ほんとに? よかったあ」

リナ「…私は、サユキがわからないよ」

リナ そう呟くと、サユキを捲くように私は歩く足を早めた。

サユキ「あっ、ちょっと待ってよ!」


リナ サユキは走って私に追いつくとその勢いのまま腕をぎゅっと掴み、私の傘の中へ入ってくる。とっさに離れようとしたが、体勢を崩したサユキは、私に抱きつくような形になり、無邪気に笑う。


サユキ「ふふふっ、もう、急に先いかないでよお…!あれ? リナ、ちょっと痩せた?」

リナ 触れたぬくもりが、胸をざわつかせる。…どうしてこの人は、こんなことするんだろう。喜びと悲しみが入り混じり、口からこぼれる、言葉。


リナ「……やめてよ、もう」

サユキ「え?」

リナ「……私、今。つらいの。サユキと一緒にいるのが…。わかるでしょ…?」

サユキ「それは、…リナが私に告白したから?」

リナ「わかってるじゃん。…だったらどうして」

サユキ「だってもう、それは、終わったことでしょ…?過去の話じゃん」

リナ「でも……それでも……」


リナ 急に涙が堪えられなくなる。告白の瞬間、今でも脳裏にこびりついている。忘れられない。あれは、私の人生で一番の、無茶だったから。


リナ「サユキにとっては過去でも、私にとってはまだ、現在進行形なんだ。君が傍にいると、おかしくなる…」

サユキ「リナ……」

リナ「……」

サユキ「……」

リナ「……それで、あの後、あいつと付き合ったの?」

サユキ「うん」

リナ「……そっか、おめでとう。この傘、みたことないけどさ、彼氏に買って貰ったとか…?」

サユキ「……うん、そうだよ」


リナ 私は、サユキの掴む手を振り切り、雨の中ひとり駆け出した。


     ♢


リナ 気がつくと、私の手には拳銃が握られていた。またあの夢か。と夢の中の私は思う。なら当然目の前には彼女……サユキの姿があった。サユキは無言で私にハグをする。なんて愛しいんだろう。でも……。

(銃声)

リナ ためらいなく、私は引き金を引く。何度も何度もサユキに向かって発砲した。何度も何度も気持ちが高ぶるまま、どす黒いもので傷つける。撃たれる度、サユキはよろけ血を流す。しかし、サユキは包み込むような瞳で私を見つめる。それが、さらに激情を煽る。

リナ これは夢なんだ。何をしたって構わない。夢の中のサユキなら、私のものにしたっていい。私の望むままキスして愛して抱きしめていい。気持ちの赴くまま、血だらけの彼女を押し倒し、身体を寄せる。

サユキ「リナの好きにしていいんだよ。リナには、ずっと助けてもらってたもの」

リナ「……何にも助けてなんてないよ。ただ普通に友達として一緒にいただけ。それを……私が勝手に好きになって関係を壊したんだ。好きな人がいることも知っていた! 無理なのもわかってた!でも、それでも、好きだった……。私はサユキの一番になりたかったんだ……」

サユキ「そんなにあたしのこと想ってくれて嬉しい。……ありがとう、リナ」

リナ「……。こんな美化された君は、やっぱり違う。ただ見た目がそっくりなだけのまがい物」

リナ サユキは私の首筋に軽くキスをする。そのまま、顎、頬、耳元に。慰めるようなキスを繰り返す。

リナ「…夢の中なら、どうにでもなるのにね」


     ♢


リナ サユキには好きな人がいた。告白するかずっと迷っていたから、相談に乗っていた。でも正直、気に食わなかった。

リナ「あれが、サユキの好きな人?」

サユキ「うん。カッコいいでしょ?」

リナ「意外と見た目普通だね」

サユキ「えー、そうかなあ」

リナ サユキの恋する顔を見るのが切なくて。許せなかった。だから、その時私は、自分を止められなかったんだ。

サユキ「……え? それってどういう意味?」

リナ「私、サユキのこと本気になっちゃったみたい」

サユキ「……好きってこと?」

リナ「うん。好きだし、もっと深く繋がりたい」

サユキ「あははは……そっか。そういう意味かあ……」

リナ「軽蔑した?」

サユキ「いや、リナには本当に感謝してる。いつも相談に乗ってくれて、隣にいてくれて。でもあたし、リナのことそんな目で見れない……ほんと、ごめんね」

リナ サユキは、ちいさな唇で、言葉を選んで返事を紡ぐ。誠実なお返しだったと思う。それだけでも、感謝すべきなんだ。なのに、頭でわかっていても、心が言うことをきかない。勢いで告白してしまったことへの後悔と、サユキに拒絶された絶望が駆け巡る。ただ、それなのに、それでも好きという気持ちだけが毒のように私を蝕んで行った。


     ♢


リナ これ以上、サユキと一緒にいることはできない。あの雨の日からまた数日が過ぎ、私はより一層サユキと距離を置くようにした。もう会いたくない。顔も見たくない。話したくない。頭の中で何度も唱えた。でも、何の因果か。私たちは、また、ふたりきりになってしまう。


     ♢


サユキ「…前にあった時も、雨だったね」

リナ「そうだったっけ」

サユキ「…うん。傘、まだ使ってくれてるんだ」

リナ「今日返すよ、いい機会だから」

サユキ「…いいよ、もう」

リナ「彼氏から貰った大事なものなんでしょ?」

サユキ「……だった、かな?」

リナ「(呟くように)……だった」

サユキ「……私、今日、待ってたの。リナのこと……。話したくて。あたし、気に触るような事言っちゃったよね……」

リナ「……」

サユキ「実はね、……彼と、別れちゃった。…どうにも噛み合なかったみたい。やっぱり見た目だけで選んじゃだめね」

リナ「……そう」

サユキ「……」

リナ「………。大変だったね」

サユキ「……うん、あたし、リナにそう言って貰いたかった」

リナ「……サユキ?」

サユキ「あたし、酷いよね。振った相手に慰めて貰おうとするなんて。でも、リナはあたしの大切な友達で……。誰かに話を聞いてもらいたいって思ったら、浮かんで来たのは、リナだった。……こんなのよくないってわかってるのに」


リナ 震えるサユキ。それを見て立ち尽くす。

サユキ「リナ……」

リナ 様子を伺うように、彼女は私の名前を呼ぶ。ずるいし勝手だ。虫が良すぎるよ、サユキ。ああ……悲しいな。こんな状況でも、喜びを感じてしまう自分が。飛び上がるくらい嬉しくなってしまう自分が。サユキが私だけを見ているこの瞬間を、永遠にしたい。


リナ「サユキ。私のほうこそ、ごめんね」

リナ 気づけば、私は彼女を抱きしめていた。ありったけの優しい声色で、彼女を癒すように。そして、そのぬくもりを離さぬように。


サユキ「よかった……。あたし、ほんとにリナに嫌われちゃったと思ってた……」

リナ「……君の辛い事も悲しい事もすぐに思い出にしてあげる。だからそんな顔しないで」

リナ この先もずっと私は、この醜い気持ちと付き合っていくのだろう。


サユキ「リナはいつも優しくてくれるよね。ありがとう」

リナ「……うん。そうだよ。私はいつだって、サユキの味方だから」



※2017年6月初出/2023年5月更新

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