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『オートクチュール・ブルー』


【登場人物】

石蕗コトリ(つわぶき ことり)
三枝ミツキ(さえぐさ みつき)
新木ハナヨ(にいぎ はなよ) 


【本編】


コトリ  青春は、それを青春と自覚した時、終わりを告げる。

コトリ  ハナヨの結婚式を見届けながら、私の頭の中では走馬灯のように彼女との思い出が再生されていた。純白のドレスを身に纏い、色鮮やかな花に囲まれて笑うハナヨ。私の記憶の中にはない眩しさを抱いている。その光は、もう彼女の物語の中に私『石蕗コトリ』がいないことを示していた。


コトリ  挙式を見届けた後、披露宴の会場に向かう途中でこっそり抜け出した。駅までタクシーを拾おうとしたが、せっかく海沿いにきたので、そのまま歩くことにした。

ハナヨ「私、海が見える場所で結婚式したい。 遠くまできたんだって思えそうだから」

コトリ  かつて一緒にベッドで寝転がりながら、恋愛リアリティショーを見ていた時、ハナヨはそう言っていた。屈託のない表情で、将来について語るハナヨが好きだった。その横顔は、今でも脳裏に焼き付いている。数年の時を経て、今日という素晴らしい日にハナヨは夢を叶え、私は夢の後始末をしたのだ。


コトリ  空を仰ぐと、ぽたっと一雫、水滴が私に落ちる。雨が降り出しそうな空気を察知して、目に止まった小洒落た喫茶店に入ることした。店内に入ると、窓際の席でひとり書き物をしている女の人がいた。背中を丸めている座り姿には、なんだか見覚えがある。ふと、顔を上げた彼女と目が合う。


コトリ「え」

ミツキ「あ」

コトリ「ミツキ?」

ミツキ「コトリ…? なんでここいんの?」

コトリ「いや、今日、結婚式。ハナヨの」

ミツキ「うん。それは知っている。まだ終わってないよね?」

コトリ「たぶん、今、披露宴やってる。私は抜けてきて……」

ミツキ「……とりあえず、座る? コーヒー美味しいよ?オススメ」

コトリ「私、最近カフェイン控えてるから。えー、すみません、レモネードください」

コトリ  『三枝ミツキ』は大学時代の同級生で、よくハナヨと3人で遊ぶ仲だった。社会人になってしばらくは連絡を取り続けていたが、ここ数年は音信不通の状態だった。
 

コトリ「小綺麗な格好しているから、一瞬誰かと思った。髪色も落ち着いてるし」

ミツキ「あー、これ。おとといくらいに染めた。さすがに金髪はまずいかなあって」

コトリ「ん? ミツキ、結婚式いた?」

ミツキ「いや?」

コトリ「結婚式、いくつもりではいた?」

ミツキ「そりゃ、ここにいるんだから」

コトリ「……逃げたな」

ミツキ「違う違う!この後!行こうと思って!その時に、手紙だけでも渡そうかなって……」

コトリ「逃げたんじゃん。私はみてきたよ? ハナヨのウエディングドレス。写真見る?」

ミツキ「あとでね、あとで、みる」 

コトリ「どんなこと書いてたの?みせて?」

ミツキ「あー!ダメダメ! お客様!勝手なことをされては困ります! お客様!お客様!」

コトリ「ははっ、もう、うるさい!……ミツキは変わらないねえ。元気してた?」

ミツキ「それなり。招待状が届いて、この数ヶ月は死にそうだったけど

コトリ「いいね、気持ちいいくらいに引きずってるね」

ミツキ「コトリはダメージなかったの?」

コトリ「私はそこまでかな?ハナヨに彼氏ができたって聞いてから覚悟してたし」

ミツキ「あ、その情報、入ってたんだ」

コトリ「うん。ハナヨの情報、遮断してたつもりだったけど、ゼミの飲み会で、うっかり聞こえてきちゃって」

ミツキ「ゼミねー、一緒だったもんね。そんな飲み会、行かなきゃいいのに」

コトリ「ほんとそれ。あとで後悔した」

ミツキ「コトリはそういうタイプだよね。傷つくことわかってるのに、飛び込んでいっちゃう。飛んで火に入る夏の虫系女子」

コトリ「なんでも女子って付ければいい問題じゃない」

ミツキ「ポップになるかなと」

コトリ「現実はそんなポップじゃないし」

ミツキ「ビートが鳴っても逃げ出せない。タバコいい?」

コトリ「うん。聞いてくれるんだ?」

ミツキ「まあねー、そのくらいは変わったよ。学習した」

コトリ  ミツキはショートホープを口にして火を付ける。吐き出されるため息混じりの煙が、記憶を刺激する。

コトリ  石蕗コトリと

ミツキ  三枝ミツキ

コトリ  私たち二人は同じ人を好きになり、

ミツキ  そして同じ人に振られた。


ミツキ  こうしてコトリの顔を間近で見るのはいつぶりだろう。伏し目がちにレモネードを啜るコトリは、今にも泣きそうな雰囲気で、「変わってないじゃん、あんたも」と言いたくなる。気を遣って明るく振る舞ってみたが、お互いに落ち込んでいる空気がうっすら漂っていて、カラ元気だけが宙に浮かぶ。

ミツキ「……相手の人、どんな感じだった? イケメン」

コトリ「いや普通。パッとしなかった。華がないしどこにでもいそうな地味な顔」

ミツキ「トゲトゲしい」

コトリ「だって本当にそう思ったし。ハナヨの隣に並んだら消える」

ミツキ「それは、きみがハナヨしか見てなかったからでしょう。見た目じゃないんじゃない? 選んだのは。馴れ初めとかは……。あ、披露宴行ってないか」

コトリ「今のハナヨの中に、私はいないってわかったからさ。これ以上、知っても意味ないかなって」

ミツキ「それもそうかあ……。後ろ髪引かれても仕方ないもんねえ」

コトリ「引かれまくってますけど? あなた」

ミツキ「ひっぱられすぎて式場にすら辿り着けなかった」

コトリ「考えすぎ」

ミツキ「……偉いよ、コトリは。行くだけ行ったんだもん。私はもう、だめだぁー。……これでも結構気合いれて服も鞄も買ったんだけどなあ」

コトリ「それは、わかるよ」

ミツキ「わかるか、同志よ」

コトリ「ミツキなりに、乗り越えようとしてるのは伝わるし……。なんか、ちょっと羨ましいかも」

ミツキ「何が?」

コトリ「行かないって選択肢を取れちゃうのが。私ってさ、いつも自分の気持ちを優先できないんだよね」

ミツキ「そりゃ当然でしょ。社会人なら。 私みたいな人種はね、意図的に踏み外してるんじゃないの。踏み外しているとも思ってないの。通常運転でこれなだけ」

コトリ「待ち合わせとか絶対時間通りにこないもんねー」

ミツキ「そうそう」

コトリ「あれ、めちゃくちゃ腹立つ」

ミツキ「ごめんねごめんね〜」

コトリ「うざ」

ミツキ「だから理解者様には助かっております」

コトリ「ひらきなおりは主張しないで、自分の中にしまって」

ミツキ「はーい」

コトリ「…なんというかさ、私は、生まれた感情を何かに当てはめに行っちゃうんだよね。飾る絵よりも先に額縁から決めちゃう、みたいな?」

ミツキ「でも絵の方が大事なんでしょ?」

コトリ「そう」

ミツキ「本末転倒じゃん」

コトリ「でも、ちょうどいい額縁がないんだもん。結婚式に出席することで、私は私の感情を収束させたかった。ハナヨへの気持ちを、物みたいに俯瞰したかった」

ミツキ「気持ちは物じゃないけどなあ…。私だったら額縁に入れずに持ち歩くな。サイズにもよるけど」

コトリ「持ち歩いた結果、その重さでしんどくなってんじゃん」

ミツキ「……たしかに。手放しどきなんだよね」

コトリ「……手紙、書かなくていいの?手、止まってるけど」

ミツキ「え、あ」

コトリ「会場から出ちゃう前に、届けるんでしょ」

ミツキ「……うん」

コトリ「どう? 書けるもの?」

ミツキ「書けないけど……書かなきゃって感じ。ハナヨが招待状を送ってくれた気持ちには答えたい」

コトリ「……好きなんだね、今でも」

ミツキ「……きみもでしょ?」

コトリ「紙、余ってる? 私も一緒に書きたい」

ミツキ「1万円になりまーす」

コトリ「はい、つまんなーい」

ミツキ「じゃあ、ここの支払いでどう?」

コトリ「次、払えよ?」

ミツキ「うす」



(回想・思い出の断片)


ハナヨ「私、どっちもいけるかも」


コトリ「そう言ってくれて嬉しかったよ」


ハナヨ「ずっとこのままがいいな」


ミツキ「私も同じ気持ちだった」


ハナヨ「あなたが何を考えているかわからない」


コトリ「ちゃんと話せばよかったね」


ハナヨ「私の好きと、あなたの好きは違うよね」


ミツキ「だから、わかりたかった」


ハナヨ「これ以上一緒にいたら、お互いにダメになっちゃいそう」


コトリ「…優しい嘘」


ハナヨ「……ばいばい」


ミツキ「…うん。おめでとう」




コトリ  手紙を書き終えた頃には、すでに日が落ち始めていた。ミツキと私は、慌てて店を出ると式場まで駆けていく。

ミツキ「ヒールだと走れないから脱ぐわ!」

コトリ「うそでしょ!じゃ私も!」

ミツキ「絶対足痛くなるよ」

コトリ「どちらにせよでしょ。……あ」

ミツキ「なに?忘れ物?」

コトリ「雨、結局降らなかったな」

ミツキ「通り過ぎたんじゃない?」

コトリ「なら、よかった」


ミツキ  なんとか披露宴の会場までたどり着く。中から声が聞こえる。どうやら間に合ったみたいで、ほっとする。

ハナヨ「お忙しい中、本日は集まって頂きありがとうございます。皆様のおかげで本当に素敵な一日になりました」

ミツキ「この声…」

コトリ「ハナヨだね。…そろそろ終わるのかな?」

コトリ  一瞬、中の様子を見ていくか聞こうとしたが、ミツキは、何かをやり遂げた顔をしていたので、野暮なことはやめておく。受付で手紙を渡し「ハナヨさんに」と言伝をした。 

ミツキ「あ、これ貰ってもいいですか?」

コトリ「なにしてんのよ」

ミツキ「せっかくだからさ、貰おうよ。ブーケ」

コトリ  見ると机の上には「ご自由にどうぞ」と書かれた札と式に使われたお花をまとめたのであろう、色とりどりの花束が陳列されていた。

コトリ「…手向の花?」

ミツキ「うん。私たちの幼稚な愛に」



コトリ  砂浜に降りたった私たちは、水平線を横目に歩く。 ミツキは、小さな花束を担ぐように持ち、気取っている。 正直、ダサい。でも今日の私たちには、お似合いのポーズかもしれない。 私も真似をして花束を担ぐ。傷心を笑い飛ばすように。

ミツキ「今日一日、盛大な傷の舐め合いだった」

コトリ「うん。もう血の味はこりごり」

ミツキ「だね。あ〜、優しくなりたい!!」

コトリ「優しくなりたいー!」

ミツキ「もう誰も傷つかない世の中にしてくれー!」

コトリ「それは無理だー! 私たちも傷つけてるー!」

ミツキ「ですよねー!」

コトリ「……ありがとう。そして、ごめん。今まで連絡してなくて」

ミツキ「うん。大丈夫だよ。こちらこそ、ありがとう。そして、ごめん。色々、振り回しちゃって」

コトリ「そういう人間でしょ、ミツキは。 でも、ミツキのおかげで、ちょっとスッキリした。無理矢理、割り切らずにすんだ」

ミツキ「…そっか。……今日でやっといい形に落ち着いた気がする、私ら」

コトリ「そだね」

ミツキ「……お試しで付き合ってみたのも。まあ、楽しかったけどさ」

コトリ「……うん」

ミツキ「あの時はごまかしごまかしやってた」

コトリ「誰かを求めないとおかしくなりそうだった」

ミツキ「そういう時期もあったね」

コトリ「あったあった。……青春だった」

ミツキ「青春の、その次はなんだろ?」

コトリ「春の次だから、夏?」

ミツキ「単純すぎない?」

コトリ「わかんないよ、次なんて」

ミツキ「わかんないか」

ミツキ  次第に言葉が尽きて、私たちは無言で歩き続ける。 

コトリ  隣にお互いの存在を感じながら、ひとり、細波の音に耳を澄ます。






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