日記(6月の終わりと7月のはじめ)

6/29(火)

有給休暇を取って映画を観に行った。『アメリカン・ユートピア』。なんかライブ映像らしいと言うことだけ頭に入れて行ったんだけど、よかった。ただ、二日酔いと寝不足で体調がととのっていなくてけっこううとうとして字幕を追えなかったところがあったのが残念。上映しているうちに再度観に行きたい。
トーキングヘッズを聴いたことはなかったんだけど、映画をきっかけに興味を持った。歌詞がいい。和訳だけでなく原文も字幕でほしかったな。そうやって楽しむ映画ではないんだろうけど。

晩ご飯を食べたらとても眠くなって、ソファでずっとパズルゲームをしていた。妻がテレビで『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』というアニメを観ているのをぼんやりと視界に入れながら。最近は妻につられてアニメばかり観ている。アニメと一口に言っても楽しむポイントが作品によってけっこう違うんだなということがなんとなくわかってきたのと、この声はあの声優だな、みたいなことが少しずつわかるようになるたのしさもある。まだまだ知らないことだらけだ。

セブンルールというテレビ番組に、東京で生産緑地を借りて農業をやっている川名桂さんという方が出ていた。気になったので見た。面白かった。

僕は日本含め、世界全体の農業のシステムというのは近いうちに大きく転換する必要があるんではないかと思うように最近なって、それは、人間や他の生物や環境からの搾取というものを可能な限りなくすことと、農業の規模をダウンサイジングしないことを両立する形でやらなくちゃならないと思っている。ややこしいのは、農業における様々な搾取の構造は一枚岩ではないということ。生物からの搾取をやめる、という観点から否定的に語られる畜産業は、畜産業そのものが環境に大きくダメージを与えているという点で、環境からの搾取にもつながっている。(だからといって畜産が悪だと言いたいわけではない。)一方で、大量生産のあり方をやめて、農作物の供給量が減れば、食品の価格は上がり、低所得者は確実にダメージを受ける。あり方を変えるにはラジカルさが必要だけど、そのラジカルさがいま暮らしている人々に大きな痛手を与えるかもしれないとなるとなかなか身動きは取りづらい。結局は少しずつ良くなる方向を模索して進むしかないんだろうか。

7/1(木)

火曜日の「アフター6ジャンクション」を聴く。Seihoの新譜が良さそう。妻が「レヴュースタァライト」の続きを見ていて、僕もぼんやり見たり音だけ聴いたりした。今度いっしょに劇場版を観に行くことになった。キャラクターの名前と関係性となんとなくのストーリーがわかったので楽しめたらいいなとおもう。
アメリカン・ユートピアを観てから、なにか心がいまにも走り出しそうな感じがずっとしていて、そわそわする。もっと短歌を書かないと、もっといい短歌を書かないといけない気がする。自分がいいと思える、自分で自分をいいと思えるような短歌を。恐らく僕はなんらかに(いや、きっと自分の中ではそれがなんなのか、確信を持って言葉にすることができるが、明言化するのが怖くてできないものに)取り憑かれているのだろう。文章を書いているときと仕事をしているときは気持ちが落ち着く。

テニスの王子様のアニメをだらだらと流している。不動峰の伊武というキャラクターが、ぼそぼそとぼやきを呟くのがなんとなくクセになる。

一昨年の今頃の写真を見返したら、いろんなところへお酒を飲みに行っていた。なんだかかなしくなる。

Twitterのスペース機能をぼんやり聴いていたら、妻が「2人でスペースでしゃべってみたらどうなるかな」とにやにやしながら言ってきた。きっと最近みたアニメ談義をして終わる気がする。

7/3(土)

妻と映画を2本見に行った。『映画大好きポンポさん』と『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』の2本。
1本目と2本目の映画の間に、ファーストキッチンに寄った。ファーストキッチンでハンバーガーを食べるの、はじめてだ。隣のカップルも『ポンポさん』の感想を言い合っていた。なんだか、こういう街の感じ、というのはとても久しぶりだなと思う。文化的なものに満ちながら街を漂う感じというか。その後本屋に寄って、クロスワードパズルとかの懸賞雑誌の棚でピクロスの雑誌を読んでいたら、普段アプリでやっている30×30のものよりももっと大きいサイズのものが載っていて心が躍った。妻から「買って帰ったら?」と聞かれたけれど映画もあるし荷物が増えるから我慢した。帰りに買おうと思っていたけど忘れてしまっていた。

7/5(月)

昨夜は斎藤幸平の『人新世の「資本論」』(集英社新書)を半分ぐらい読んでかなり夜更かししてしまった。2時ごろに寝て、6時過ぎに起きた。朝がかなりつらかったけど、夢中で本を読み進められるというのは幸せなことだと思う。

この本には、先週の日記で僕がだらだら考えていたことと近くも遠い内容のことが書かれている。経済をスローダウンさせても地球環境の破壊を止めなければならないという立場から様々なことが語られている。SDGsという言葉は免罪符であり、持続可能な開発などもう不可能な段階に来ているのだ、というかなりシビアな論調。けれど、こういう言葉をこそ欲していたのかもしれないなとも思う。

明日の朝はバナナと牛乳にしようとおもっていたのに、買ってくるのを忘れてしまったから、明日の帰りこそ忘れないようにしなくちゃ。でもリマインダーをかけるほどのことでもないから、きっとまた忘れるんだろう。それでもいいとおもう。

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