言霊(ことだま)の国から来た男 #5
第5話 切れる総理
ユムドギヌスは、上空で旋回しながら、彼の炎の攻撃がまったく打撃を与えていないことに疑念を持っていた。
「なんだ?防御の魔法を使ったのだろうが……それにしても手ごたえがなさすぎる」
しかし、その違和感はすぐに頭の隅に押しやられた。上空からの攻撃を繰り返す限り、彼の圧倒的な優勢は変わらない。
「まあいい。奴らの魔力が切れるまで、攻め続けるだけだ」
ユムドギヌスはそうつぶやくと、口の中に炎をたぎらせ再び攻撃態勢に入った。
城壁の上では、あっけにとられた四人の勇者たちが、藤田を見つめていた。竜の飛翔が巻き起こした風の流れに、残り少なくなった髪の毛が揺れていた。
戦う僧侶のバヌスが上空で攻撃態勢に入る悪竜を見つけ、警告の声を発する。
「駄目だ……また来るぞ」
「大丈夫です」
藤田は自信たっぷりに言った。
その言葉の通り、二度目のドラゴンの攻撃も、まるで炎自体が彼らを恐れ近づかぬかのように、周囲に拡散して消えていった。
「すごい……あんた、なんと言ったか、イージス? こんな魔法の呪文はみたことがない」
魔法使いのカールゲンがしわがれた声の中にも興奮を宿らせてつぶやいた。
勇者マーカスもあっけにとられて藤田の後ろ姿を見つめる。先刻まで弱々しかった64歳の背が、急にたくましく見えた。
「これが……専守防衛!」
「そう、我が国の誇る”イージス・システム”。あらゆる攻撃を無力化します」
藤田は眼鏡の中央に人差し指を当てながら、振り返った。眼鏡が反射し、その不敵な笑みを引き立たせる。
「たしかに、すごいけど……」
女聖騎士グロリアも構える剣をおろしながらつぶやく。
「どうすんの、これ?」
見えない防御シールドの外では、ドラゴンが三度目、四度目の急降下攻撃を繰り返していた。やがて、炎の息の攻撃に飽きたドラゴンは、牙や爪、その獰猛な尾などで彼らに襲い掛かろうとしていたが、いずれもシールドに阻まれていた。
「守っているだけでは、勝てない……ソーリ・フジタ」
グロリアのその言葉を聞いて、マーカスとバヌスは思わず目を見合わせた。冷淡なグロリアが人の名を呼ぶのは、その人物を認めたときだけだということを、彼らは知っていた。
「ええ、そうですね……けれども、専守防衛が我々の国是ですから。我々は、平和な国です」
その言葉を聞いたグロリアは、苛立たしく舌打ちをした。
「まったく、おめでたい国から来たもんだな……じいさん!」
再び氷の刃のような冷たさをまとったグロリアの言葉に、マーカスとバヌスは顔を見合わせ肩をすくめた。
「たしかに」
藤田は顎に手を当てて、考え込んだ。
ドラゴンは執拗にシールドに攻撃を繰り返していた。次第に、シールドの防御力が弱ってきていることに、藤田は気づいていた。吐き出された炎が、彼らに直撃しないまでも、熱として感じられる。第一撃、第二撃のときにはなかったことだ。
「ううむ、これがいわゆる『飽和攻撃には無力』ってやつか……」
ぶつぶつとつぶやく。
「あの竜も、早々に諦めてくれればいいものの……敵がしつこく攻撃してくる場合のシミュレーションは、やはり必要だなあ」
「ええと、フジタ。何をつぶやいているのか知らないが、あんたのシールド、だんだん弱ってきているぞ」
マーカスが指摘する。
藤田がうなずく。先ほどまでの余裕は一変し、顔が少し青ざめていた。
「分かっています」
「じゃあ、何とかして、あんたの『魔法』で。攻撃のやつはないの?」
グロリアが鋭くささやく。
「我々には、『攻撃力』はありません。『反撃力』なら、なんとか……」
「どう違うのかさっぱり分からないけど、さっさとして!」
「いや、反撃能力の行使も、本来は慎重にあるべきです」
顔を青ざめさせながらも、藤田は頑なだ。
「駄目だぁ、そろそろ来るぞ」
弱気な声でつぶやきながら、バヌスは拳闘の構えをとった。
ドラゴンの執拗な攻撃は続き、そしてついにその時がきた。魔法のシールドが消える。その感覚は、マーカスたちも、ドラゴンにもはっきりと伝わった。
ユムドギヌスが勝ち誇った笑いを浮かべた。
「なかなか面白い魔法だったが、これで終わりだな。死ね」
腹の中にたぎるマグマのような炎を、口の中にちらつかせた。
それを見た藤田は、余裕をすっかり失い、死の恐怖の中にいた。竜の口の中は、地獄に通じる階段だ……詩的なセンスなど微塵もない藤田だったが、そのときは確かにそう見えた。
「ええい、腹が立つ。しつこすぎるぞ、ドラゴンとやら!」
藤田は死への恐怖を怒りに変えて、立ち上がった。
「トマホークでもぶち込んでやろうか!」
次の瞬間、ドラゴンのきわで大爆発が生じた。その爆風は藤田らも巻き込み、彼らは数メートル城壁の上を転げた。
ほこりと煙が舞い上がり、その中で藤田は眼鏡を整えながらどうにか立ち上がった。煙の中、彼が目にしたのは、黒焦げになったドラゴンが、揚力をうしない、地に落ちていく姿。
藤田は、思わずつぶやいた。
「あっ、ごめん……」
(つづく)
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