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何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン

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連載小説です。失われた魔法の探索の旅の途中、若き女魔法使いラザラ・ポーリンが、ゴブリン王国の王位継承争いに巻き込まれてゆく冒険物語です。迷い多き人生に勇気を与えたい、そんな志を持…
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#小説

#40. 底辺の者たちの逆襲

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#40.  底辺の者たちの逆襲  フバルスカヤがザギスと会ったのは、奴隷市場に引き渡される直前の、地下牢の中だった。  ザギスも、冴えない場末の牢番だった。やる気なく、上官の目を盗んでは、ずっと酒を飲んでいた。 「くくく・・・おまえも、酒が好きなのか?」  無精髭を伸ばし、髪は乱れ、ほこりにまみれながら、フバルスカヤは見張りのホブゴブリンに話しかけた。  ザギスは陰気な目を惨めな人間に向け、唾をはきかけた。 「う

#39. 酒解のフバルスカヤ

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン #39.酒解のフバルスカヤ  フバルスカヤの人生は、少しの栄光と多くの挫折に満ちあふれていた。  若くしてサントエルマの森の魔法使いとなったフバルスカヤは、氷の魔法を得意とし、カエルを使い魔として使う技も磨いた。彼は、将来を嘱望された魔法使いだった。  フバルスカヤには、魔法以外に愛したものが二つあった。  ひとつが、家族である。  サントエルマの森の魔法使いは、森にこもり、瞑想と研究に日々を費やすことが必要と

#38. 一騎打ち

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#39.一騎打ち  <四ツ目>とヘルハウンドは、黄金の怪物ガエルに襲いかかった。  ヘルハウンドの牙と爪は、ゴブリンたちの剣や槍より強く、巨大カエルの表皮に傷を与えていた。  カエルは目をキョロキョロさせるが、ヘルハウンドのすばやい動きを追い切れない。さらに、<四ツ目>は鞭を巧みに使い、ヘルハウンドの背から樹木に飛び乗ったかと思うと、ヘルハウンドが気を引いた隙にカエルの背に回り込み剣を一付き。そして再びヘルハウンドの背

#36. 敗勢

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#36.  敗勢  少なくともゴブリンたちからみて、黄金色の巨大なカエルはあまりにも強かった。  剣で斬ろうと、槍で突こうと、そのブヨブヨした皮膚に跳ね返される。ひとたび飛べば、数百の兵たちをひとまたぎ。そして、着地とともに十数人の兵を踏み潰す。  さらに、カエルの頭上に乗るフバルスカヤが、魔法で作り出した炎の矢や酸の矢を射かけてくることもあった。  数百のゴブリン兵たちは、完全に守勢に回らざるを得なかった。  普

#35. 黄金のカエルと絶望をもたらす魔法使い

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#35.  黄金のカエルと絶望をもたらす魔法使い   第三王子ヨーは、西門に集結させていたゴブリン軍を率いて、リフェティの西側の森の広場に陣を築いていた。  小型の馬にまたがり、姿勢をまっすぐにしてホブゴブリンに占領された地下王都の方を見つめる。しばしばニンジンのようだとからかわれる顔は、銀灰色の兜に覆われその尖った顎だけが目立っていた。  彼は武力よりも謀略を得意とするゴブリンだが、軍を率いる以上、“それっぽく”見え

#32. 急転

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#32.急転  デュラモが戸棚を動かすと、背後の岩壁にぽっかりとした穴があけられていた。 「・・・やられた!」  事情を理解したチーグが、思わずその手で力強く膝を叩いた。 「この部屋の隣は、第三王子ヨーの部屋だった・・・はず。ぬかった!」  チーグは、勝利の美酒が器に入らずこぼれ落ちていく様を想像していた。チーグが父王を助け出すより先に、ヨーが密やかに救出作戦を実行したのだ。ザギスやヨーを出し抜くはずが、すでにヨー

#31.不如意たる(思い通りにならない)現実

何物でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#31.不如意たる(思い通りにならない)現実  チーグを敵と認識し、襲いかかってきたホブゴブリンたちは、またたく間にデュラモに切り伏せられた。   一般的にホブゴブリン族はゴブリン族より強いが、親衛隊長のデュラモはゴブリン王国において屈指の戦士である。並のホブゴブリンでは、全く歯がたたなかった。  大仰な台詞を言った以外に大して何もしなかったチーグだったが、見張りの兵たちが倒れるのを見ると、ほっとしたように服のほこりを

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン【目次】【世界地図】

作品の特徴昔ながらの古典的な冒険ファンタジー小説です。風景描写、人物描写に力を入れており、文章から「壮大な世界を想起させる」「登場人物の驚き・恐怖・喜びを追体験させる」ことを目指していますので、ゆっくり読んでいただければ幸いです。日常を離れ、ロードオブザリングのような重厚な世界観にどっぷりと浸っていただきたいです。 目次#0.プロローグ #1.冒険者の街リノン #2.赤いマントの隻眼の男 #3.ゴブリンからの依頼 #4.風を感じたら、すぐ帆を上げろ #5.慌ただしい出立 #

#21. 生きる意味を与える瞬間

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#21. 生きる意味を与える瞬間  その姿をみて、ポーリンはサントエルマの森にあった図鑑の1ページを思い出していた。 「あの九つの首の化け物は、ヒドラ・・・の骨?」 「ああ、ヒドラね」  チーグは半ば諦めたように淡々とつぶやいた。 「大魔法使いヤザヴィも戦ったという・・・」  ヒドラの骨は、とても骨とは思えないような生々しい咆吼を上げながら、九つの虚ろな眼窩に邪悪な炎を灯らせていた。  戦いを予感したノタックは

#16. 生と死を隔てる場所で

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#16#16.生と死を隔てる場所で  ホブゴブリンたちの虜囚を逃れたゴブリン王国の第一王子チーグの一行は、ドルジ川沿いに北へと向かった。付き従うのは、ゴブリン王国親衛隊長のデュラモ、付き人のノト、そして雇われの魔法使いラザラ・ポーリンの三名である。  川は、丘陵と岩場が入り交じった地形を蛇行しながら流れていた。徒歩であるため、一日の移動には限度があったが、幸いなことに歩きやすい小道が続いていた。  距離をかせぎ、時間が

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#15

#15.烈火の魔女と本読むゴブリン ポーリンとチーグ、デュラモ、ノトの四人は、牢になっていた洞窟から外へと出た。  そこは、奇岩で周囲を覆われた、窪地であった。太陽は西に傾き、奇岩のあいだから斜めに光をなげかける。  チーグが言ったように、ここは小さな居留地のようであった。見張りと思われるホブゴブリンが十人ほど、槍をもって彼らを待ち構えていた。  チーグが一歩進み出る。 「俺は、リフェティの次代の王、チーグ。知性あふれる<本読むゴブリン>が、おまえたちに、寛大なる選択

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#14

#14.目覚め ホブゴブリンは、ポーリンを殴った。彼女は地面に倒れそうになったが、どうにか踏みとどまり、氷のように冷たい目でホブゴブリンをにらんだ。  ホブゴブリンは、倒錯した興奮に身を包まれたように、怒りと笑いを混ぜ合わせた表情を浮かべた。 「いいぜ、興奮するねえ、醜い人間よ」  再びホブゴブリンが拳で殴った。  今度はポーリンは地面に倒れた。殴られた方の顔は赤く腫れ、地に伏した方の顔はほこりまみれになった。  屈辱的な状況―――だが。  ホブゴブリンは、魔法使

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#13

#13.内省と、恥辱と  静かな時間は、耐えがたいほどに長く感じるものだった。    深い失望はやがて色あせ、自らを待ち受ける運命に対する恐怖が徐々に頭をもたげる。  死、そのものをそれほど恐れてはいない―――はずであった。けれども、死の断崖を間近にのぞき込めば、そのときにはまた別の感情が芽生えるかも知れない。  いま、恐れるのは、こんな世界の果てのような場所で、誰にも知られることなく、孤独に死に果てること。消息不明となり、彼女を知る者たちが、その死を知ることすらなく、た

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#12

#12.追憶と、現実と かつてないほどに魔法の力を使い果たしたポーリンは、ずっと意識を失っていた。長いまどろみの中においてさえ、鉛のように重い身体と、このまま永遠の眠りについても構わないと思うほどの精神の疲弊を感じていた。  暗い深海から、陽光差す浅瀬へと浮き上がった瞬間、何やら外が騒がしいことに気づいていたが、それを気に留める暇もなく再び深海へと飲み込まれていく。彼女は、海流に翻弄される無力な木片も同然であった。  その渦のなかで、ときに夢とも幻ともつかぬ、過去の記憶を