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何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン

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連載小説です。失われた魔法の探索の旅の途中、若き女魔法使いラザラ・ポーリンが、ゴブリン王国の王位継承争いに巻き込まれてゆく冒険物語です。迷い多き人生に勇気を与えたい、そんな志を持…
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2024年1月の記事一覧

#19.みっつの道

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#19.みっつの道  翌朝、早起きのノタックが、ポーリンの身体をゆすった。 「起きてくれ、様子が変だ」  切迫した言葉とともに目覚めたポーリンは、周囲の風景が昨晩とは一変していることに気づいた。  彼女たちは、枯れ木が形作るアーチの前にいた。そして、眼前には、ぼろぼろの木製テーブルと、その上には銀色で縁どられた古い皿が置かれていた。  ポーリンの眠気は一瞬にして吹き飛んだ。  折しも、昨日まで空を覆っていた薄雲は

#18.呪われた地 ダネガリスの野

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#18.呪われた地 ダネガリスの野  チーグ一行がダネガリスの野にはいって、まる一日が過ぎようとしていた。  けれども、彼らは全く前進していなかった。文字通り、「全く」である。  枯れ木が密集する荒れ地を、太陽の位置を手掛かりに進むものの、気が付けば行く手が分からなくなっている。背の高い枯れ木に取り囲まれ、太陽の位置が分からなくなることがあれば、いま通ってきたばかりの道を引き返そうとすると、枯れ木が道を塞いでいたりする

#17. ゾニソン台地のホブゴブリン

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#17.ゾニソン台地のホブゴブリン  その日、チーグを敵視するダンは、秘密裡にゴブリン王国を出て、東の荒れ地にある<枯渇の谷>にいた。  同伴したのは、信用のおける側近の護衛兵三名と、金でやとった<四ツ目>の異名を持つ魔獣使いである。  東の荒れ地はゴブリンたちにとっても危険な土地で、訪れるものはたいてい何か深い理由がある。そこにいるだけで、何かを勘繰られるため、東の荒れ地に来ていることは、他の氏族の族長たちにも伏せて

#16. 生と死を隔てる場所で

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#16#16.生と死を隔てる場所で  ホブゴブリンたちの虜囚を逃れたゴブリン王国の第一王子チーグの一行は、ドルジ川沿いに北へと向かった。付き従うのは、ゴブリン王国親衛隊長のデュラモ、付き人のノト、そして雇われの魔法使いラザラ・ポーリンの三名である。  川は、丘陵と岩場が入り交じった地形を蛇行しながら流れていた。徒歩であるため、一日の移動には限度があったが、幸いなことに歩きやすい小道が続いていた。  距離をかせぎ、時間が

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#15

#15.烈火の魔女と本読むゴブリン ポーリンとチーグ、デュラモ、ノトの四人は、牢になっていた洞窟から外へと出た。  そこは、奇岩で周囲を覆われた、窪地であった。太陽は西に傾き、奇岩のあいだから斜めに光をなげかける。  チーグが言ったように、ここは小さな居留地のようであった。見張りと思われるホブゴブリンが十人ほど、槍をもって彼らを待ち構えていた。  チーグが一歩進み出る。 「俺は、リフェティの次代の王、チーグ。知性あふれる<本読むゴブリン>が、おまえたちに、寛大なる選択

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#14

#14.目覚め ホブゴブリンは、ポーリンを殴った。彼女は地面に倒れそうになったが、どうにか踏みとどまり、氷のように冷たい目でホブゴブリンをにらんだ。  ホブゴブリンは、倒錯した興奮に身を包まれたように、怒りと笑いを混ぜ合わせた表情を浮かべた。 「いいぜ、興奮するねえ、醜い人間よ」  再びホブゴブリンが拳で殴った。  今度はポーリンは地面に倒れた。殴られた方の顔は赤く腫れ、地に伏した方の顔はほこりまみれになった。  屈辱的な状況―――だが。  ホブゴブリンは、魔法使

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#13

#13.内省と、恥辱と  静かな時間は、耐えがたいほどに長く感じるものだった。    深い失望はやがて色あせ、自らを待ち受ける運命に対する恐怖が徐々に頭をもたげる。  死、そのものをそれほど恐れてはいない―――はずであった。けれども、死の断崖を間近にのぞき込めば、そのときにはまた別の感情が芽生えるかも知れない。  いま、恐れるのは、こんな世界の果てのような場所で、誰にも知られることなく、孤独に死に果てること。消息不明となり、彼女を知る者たちが、その死を知ることすらなく、た

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#12

#12.追憶と、現実と かつてないほどに魔法の力を使い果たしたポーリンは、ずっと意識を失っていた。長いまどろみの中においてさえ、鉛のように重い身体と、このまま永遠の眠りについても構わないと思うほどの精神の疲弊を感じていた。  暗い深海から、陽光差す浅瀬へと浮き上がった瞬間、何やら外が騒がしいことに気づいていたが、それを気に留める暇もなく再び深海へと飲み込まれていく。彼女は、海流に翻弄される無力な木片も同然であった。  その渦のなかで、ときに夢とも幻ともつかぬ、過去の記憶を

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#11

#11.敗北と、挫折と 魔法の力が込められたノタックのハンマーはしたたかに魔獣を打ち付け、魔獣はくぐもったうめき声を上げながら横へ転がった。   <四ツ目>も鞍から放り出され、地面へたたきつけられる。 「大丈夫か?」  ノタックがポーリンの前に立ち、ハンマーを構えた。 「・・・ええ、ありがとう」  ポーリンは気丈に言おうとしたが、声は震えていた。 「おまえさんの言うとおり、なかなか厳しいな・・・最終的に勝ったとしても、こちらも深手を負う」  ノタックは冷静にそうつ

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#10

#10.魔獣との戦い  死をもたらす息を吐きながら、悠然と丘の上から降りてきたヘルハウンドの背の上で、隻眼の赤いマントの男が口を開いた。 「ゴブリン王子チーグ殿下の一行とお見受けする。黙って捕まってくれれば、手間が省けるのだが、いかがだろうか?」  低く渋い声だが、あきれるような尊大な申し出だった。  チーグは馬車の中から這い出ると、器用に車を引く馬の背の上に立った。 「それよりも、いい提案がある。俺たちの側につけば、雇い主の三倍の金を払うが、どうだ?」  チーグは

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#9

#9.狂う予定 チーグたち一行の旅は、一見順調に進んでいるかに見えた。  リノンの街を出発してから五日で、野盗や、灰色狼の群れ、バグベア、そして賞金稼ぎの殺し屋たちに襲撃されたが、いずれも撃退した。  ポーリンは、サントエルマの森で勉強し、訓練したことが実戦で役立っていることを実感し、経験を積むことで自信を深めていた。  彼女が現在、寝る前に取り組んでいるのは新しい魔法の呪文の訓練であった。火の球を小さくして、炎の手の呪文のように掌の上にとどめ、望むように操作するという

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#8

#8.陰謀談義  岩場をぬって流れてきた一筋の水が、乾いた土を湿らせ、やがてそこに水たまりを作るかのように、チーグ王子が帰還の旅路についたという噂はゴブリン王国の地下王都・リフェティに瞬く間に広まった。  王子の帰還を喜ぶ者、喜ばぬ者、それぞれが噂話をし、利害のある者は陰謀を巡らそうとする。何の利害もない一般のゴブリンたちも、チーグが無事に帰るか帰らないか、帰るとして東西南北どこから帰るか、といったことの賭けを始めていた。  父王ボランは、チーグが無事に帰還したあかつきに

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#7

#7.旅路  ドルジ川沿いの小道に沿って、一行の旅は続いた。  旅のあいだも、暇があればチーグは本を読んでいた。  彼は馬車の中に百冊ちかくの書物を積んでいた。詩や文学、歴史書から、農業や建築に関する技術的な本、さらには人間の文化・風俗や料理に関するものまで。  休憩のときに、ポーリンは一冊の本を手に取ってみたが、何が書いてあるのかちんぷんかんぷんだった。魔法の呪文書や、植物・触媒に関する書物は何百冊も目に通してきた彼女であるが、農業や建築の書物になるとさっぱりだった。

何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#6

#6. 最強を目指すもの、変革を目指すもの  チーグの一行は、東から登ってくる太陽を追い越すかのように、街道をすすんだ。  一見してゴブリンとわかる者が先頭をゆくと、いらぬ問題に巻き込まれる恐れもあることから、二頭の小馬にはポーリンとノタックが乗って先導した。チーグとノトは馬車の中に隠れ、最後尾を人間ほどの大きさに見えるデュラモが馬に乗って固めるという隊形である。    ポーリンとノタックは、しばらくとりとめのない会話を続けた。    ノタックは、以前の仕事でチーグに雇われ