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ご挨拶

父の日の朝。

前日、得意でもないビールと諸々の酒を断続的に摂取していた私のお腹は、水っぽい音を立てながらギュルギュルと鳴いていた。

最近よくお腹を壊す。

先週は、カルディで安売りしていたドライマンゴーを大量に食べたせいでお腹を壊した。

一袋あたりマンゴー3個分の果肉が入っているらしい。マンゴーの適切な1日の摂取量は、約1個分らしいので、私は1日で約6日分のマンゴーを吸い込んだことになる。後悔はしていない。

トイレでうなだれながらカレンダーを見て、今日が父の日であるということを思い出した。去年は調子良く、ラコステのポロシャツなんかプレゼントした私だが、今月は奨学金を支払ってしまえば残金は800円。

これが真っ当な会社員にならなかった者の宿命か。今年は父を財力で殴ることはできないようだ。少し親不孝な気持ちになり、去年書いた父に関するnoteの記事を、言い訳と一緒にアップした。

文章を書いてはじめてお金を貰ったのはつい先月のことで、大学で研究していた呪物に関する解説を、展覧会の図録に書いたものだった。主催の人たちには良い出来だと散々褒めてもらったが、Twitterで検索してみても私の文章への感想は見つからなかった。

私もパンフレットの解説なんてよく読まないし、まぁ、こんなもんだよね。

達成感と寂しさが頭を覆って、週末にあげる予定だったnoteの文章が進まない。

次の仕事があるわけでもないし、noteも自己満足。少々のモデルの仕事とアルバイトで生活は回っていた。

このあいだ祖母には「いつまでバニーのバイトなんかやってるんだ。」と言われたが、他に行くところもないし、バニーはずっとやっていたい。もう26歳だし、そういうわけにもいかないって解ってはいるけれど。

毎日寝る前に、私はTwitterとInstagramを隅々まで見る。なにか良い兆しはないか、有名人にフォローされてないか、親しいフォロワーがいつのまにか消えたりしていないか。3日ほど前にツイートした例のおじゴマの拡散が落ち着いて、通知欄は静けさを取り戻しつつあった。また、つまらぬバズを生んでしまった…と独り言を言ってほくそ笑む。本当につまらない。

支度終えて家から出る。信号待ちをしながらふとTwitterを覗くと、漫画家の森恒二先生からDMが届いていた。

森先生とは私がキックボクシングのラウンドガールをしていた頃に知り合って、noteの文章の感想をくださる数少ない人物の一人だった。小説を書いたほうがいいよ、と前に言ってくださったのに、私はいまだに足踏みをして書いていなかった。

「今回のnoteも良かったよ。リツイートは迷惑じゃない?」

迷惑なんてとんでもない。ありがとうございます。と返事をしてTwitterを閉じた。

こうやって少しずつ、誰かに見つけてもらえたら、いつかは私の文章を必要としてくれる人が沢山現れるのだろうか。目の前のステージでクリトリック・リスが股間に取り付けたテルミンを弄りながら叫んでいる。眩しくて、ビールを持ったまま隅の階段に座り込んだ。

2ヶ月ほど前、妹尾から電話がかかってきた。妹尾ユウカといえば、いまや泣く子も黙る一流爆美女コラムニスト妹尾ユウカである。彼女は高校からの親友だが、有名になった今も、忙しいなか私の文章を読んで感想をくれる。

妹尾は開口一番「これさぁ、結論弱くない?」と言った。さすが妹尾ユウカ、私は薄々思っていたことをピシャリと言われ低い声で呻いた。

私の文章は結論が弱い。

分かっていた。私の文章において結論が弱いのは、私が生きているうえで結論づけたことがほとんどないからだということも、分かっていた。

「みんな、答えが知りたくて読んでるんだから。」

妹尾は言う。

何かにおいて答えを出すことは難しい。椎名林檎も言っていた。

何かを悪いと云うはとっても難しい 僕には簡単じゃないことだよ。

そう、何かを良いとか悪いとか言うのは私にとってすごく難しいのだ。

目の前で起きることは大抵自分が悪い。バイト先で間違ったオーダーを打っているのはだいたい私で、私が思う価値観は全て間違っていると思わざるを得ない。殺人鬼にすら、なにか私の知り得ない正しいなにかがあると思えるほど、私は私の思考に自信がないのだ。

「そうだよね。」と言って私は黙った。

クリトリック・リスがなにか大声で叫んでいる。観客は目をキラキラさせて応える。私に、あんなに大声で言えることなんてあるんだろうか。かっこいいな。

夜は横浜に戻って、知り合いの画家と食事をした。 

このおじさんとは私が大学生からの付き合いで、私はたまに、モデルとしてデッサンの手伝いをする。そのお礼に、焼肉を奢ってくれると言うので、私はニューマンの10階に駆けつけたのだった。

高級感漂う薄暗い店のソファーに、いつも通りずんぐりむっくりな浅黒いオヤジが座っていた。

「似合わないですね。店が。」

「まったくそうなんだよ。」

タレがないとか白米をだせとか、貧乏人ふたりがごちゃごちゃと文句を言いながら肉を食べていると、LINEに母から連絡が来た。

言われた通りTwitterを開いてみると、見たこともないアイコンの波が押し寄せていた。

引用のコメントが次々と表れる。ゴマについての感想ではない。私と、私の書く文章に対しての感想が溢れてくる。読まれている。読んでくれている。途端に焼肉の味がしなくなり、うわの空でワインを飲み続けて店を出てすぐに吐いた。ごめんなトリュフサーロイン。

森先生にお礼の連絡をした。

「行くべきところに行く運命だよ。」と森先生。

これから私はどうなるんだろう。人生が変わるのか、それとも思ってたより変わらないのか。

書き続けて、何かを結論づけられる日が、私にも来るのだろうか。

私には、そんな日はきっと来ないのだろう。

考えて、聞いて、悩んで、恐る恐る口に出す。沢山の人と一緒に考えたい。沢山私に考えさせてほしい。

私を見つけてくれた沢山の人たち。私の文章を読んで、人生のひとかけらを見せてくれたみなさん。ありがとうございます。

伊藤亜和です。よろしくお願いします。

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