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2022.11.24「五十嵐春輝/試合を観てくれた人の明日の糧になりたい」

こんにちは。

「ライターごっこ」の記念すべき第1回目は、湘南龍拳ボクシングフィットネスジム所属、2022年度Sフライ級東日本新人王(技能賞)の五十嵐春輝選手のコラムです。

彼は1ヶ月後の12月17日(土)、後楽園ホールで全日本新人王決定戦に出場するので、ぜひこの先を読んで「プロボクサー五十嵐春輝のストーリー」を少し知ってから、全日本新人王決定戦を楽しんでもらえたらと思います。

まぁほんの少しだけなんですけどね。


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五十嵐春輝(Igarashi Haruki)プロフィール

生年月日:1999年3月25日(23歳)
所属ジム:湘南龍拳ボクシングフィットネスジム
出身:神奈川県平塚市
身長:166cm
階級:Sフライ級
スタイル:サウスポーボクサーファイター
プロ戦績:8戦6勝(3KO)1敗1分
アマ戦績:30戦20勝10敗
花咲徳栄高校ボクシング部出身
獲得タイトル:2022年度Sフライ級東日本新人王(技能賞)
次戦:2022年12月17日(土) 全日本新人王決定戦 VS佐野遥渉(西軍MVP)

左:五十嵐春輝選手 右:川端龍也会長


SNSでの印象は「サブカル系男子」

誰か欲しがってくれる人いるかな、という淡い期待を込めて、

Instagramのストーリーで、現役時代に"あわちゃんグッズ"として使用していたTシャツが余ったことをふとつぶやいた。

Instagramストーリー

数時間後、ブブッとiPhoneが鳴って、

「いくらですか⁉︎ M欲しいです!」というメッセージが届く。


送り主は湘南龍拳ジム所属の五十嵐春輝選手。

意外な気持ちと嬉しい気持ちが同時に湧いた。

彼のことは、よくKG大和ジムへ出稽古に来てスパーリングをしているので知っていた。

でも、彼はSフライ級のボクサーで僕とは階級差があったのでスパーリングをしたことはなく、ジムで顔を合わせたとき「こんにちは」と挨拶を交わす程度の関係性だった。

彼が東日本新人王を獲得したことはもちろん知っていたし、スパーリングを見ていて「彼なら新人王くらいは軽く獲るだろう」と思っていた。


この日が彼とちゃんと会って話すのは初めてだった。

SNSでの彼の印象は、ボクシングよりもプライベートの投稿が中心で、

ダボッとした個性強めの服やコーヒー、ギター、サブカル系バンド……のことをよくあげていて、

「趣味が合いそうだな」といった感じだった。

まだ本格的な減量に入っていないということだったので彼を誘い、僕が以前から一度行ってみたかった、現日本・WBO-APフェザー級チャンピオン、阿部麗也選手オススメの長後のハンバーガー屋に入った。

途中、店員さんがおかわりのドリンクをサービスしてくれたのだが、彼は一杯目と同じブラックのホットコーヒーを注文した。


最近、”タッちゃん”と呼ぶようになった

「ボクシングを始めたのは小学3年生からです」

JR平塚駅にあった「湘南RYUJU BOXING FAMILY」でボクシングを始めた。現所属の「湘南龍拳」の前身が「TEAM10COUNT」で、さらにその前身となるジムに当たる。

スポーツの習い事だった。共働きの両親が、バスでの移動や礼儀作法など、一人息子が社会勉強しながら成長できるようにといくつか挙げた候補の中からボクシングを選んだ。

それから15年、ボクシングから離れた時期は一度もない。

ちなみに、僕が19歳のときKG大和の門を叩いてボクシングを始めたときにはすでに「湘南RYUJU BOXING FAMILY」はなく、平塚のボクシングジムといえば「TEAM10COUNT」だった。

いかに彼の人生がボクシングと共に歩んできたかがわかる。


「世界チャンピオンとか、称号としての目標は未だにないんですよね」

当時湘南RYUJU BOXING FAMILYのトレーナーとしてキッズクラスを担当していた、現湘南龍拳ボクシング&フィットネスジム会長、川端龍也会長と出会い、それから15年ほとんどの時間を二人三脚で歩んできた。

高校の3年間は、当時のジムの会長の母校だったご縁もあり、埼玉の名門・花咲徳栄高校ボクシング部で過ごした。

「ちょうど僕の入学前に寮がなくなっちゃって、通ってました」

平塚の自宅から片道約2時間半。最初は神奈川県内のボクシング部がある高校へ進学する予定だったが、中学3年生で練習に参加した時の雰囲気に惹かれて両親や川端会長に「花咲徳栄高校に行きたい」と伝えた。

「周りからは無理だ、やめとけって反対されましたけどね(笑)」

アマチュア戦績は30戦20勝10敗。タイトル獲得や全国大会での目立った成績はなし。
花咲徳栄高校ボクシング部出身で、プロのリングで活躍してる現役プロボクサーも多い。被ってはいないが、先輩には「今もよくしてもらっている」という現日本ライト級王者の宇津木秀選手、直属の先輩では2学年上の矢代博斗選手に憧れた。2学年下である石井渡士也選手がプロの世界では一歩先をいっている。

「両親の教えもあって、あの人と自分は違う星の人だって感じで劣等感みたいなのは特にないです(笑)」

プロ転向時は宇津木選手などにも相談に乗ってもらい、大手ジムからのプロデビューも考えたが、「僕の命を託せる人」と話す信頼の厚い川端会長と共に歩むことにした。

現在、湘南龍拳ジム所属プロボクサーは彼を含め、4人。
今や6勝を挙げて東日本新人王を獲得した彼がジム頭だ。

「決定的だったのは、川端会長に現役時代見れなかった景色を僕が見せてあげたい」

川端会長は現役時代、チャンピオンになる素質を持ちながらも、持病があり6回戦の夢半ばにしてプロボクサーを引退せざるを得なくなったそうだ。

「だから東日本新人王を獲れたときも、タッちゃんも喜んでくれた姿を見れて嬉しかったし。あ、お母さんは会長のことを”タッちゃん”って呼んでるんですけど、僕も最近”タッちゃん”って呼んでるんですよね(笑)」

ボクサーとトレーナーの良好な関係性において、ボクサー側の目線に立つと、トレーナーの指導力よりもトレーナーの人間性の方が大事だったりする。

少なくとも僕の場合はそうだった。10年以上二人三脚で連れ添ってもらった担当トレーナーのことを人として尊敬していた。

川端会長は出稽古で五十嵐選手と一緒にKG大和ジムに来たときも、いつもスタッフや選手、会員さんひとりひとりにきちんとした挨拶をしていて、誠実な人柄が見て取れた。


2022年9月27日、彼のプロ7戦目、東日本新人王戦準決勝を僕は会場で観戦した。

五十嵐選手が終始優勢に進め、ジャッジの2者がフルマークをつけて判定勝ちを収めた試合だったが、両者気持ちを前面にみせるファイトスタイルで、踏み込んだ際バッティングで頭がぶつかるシーンが多く、揉み合ってレフェリーがブレイクに入るシーンも度々あった。

セコンドの川端会長から「冷静に、冷静に」「落ち着いて、落ち着いて」という声がよく聞こえた。

「相手セコンドの”効いた、効いた”って声で焦ったっていうか、効いてないよ!って」

揉み合ってからレフェリーのブレイクが入って、再開のボックスの合図が出されるまでのおよそ5~10秒。その度に彼は相手選手と身体をくっつけながら、視線を前方リングサイドの川端会長に向ける。

「大丈夫、想定どおり!練習してきたことやるよ!」

「そうそう!いいボクシングだ、素晴らしい!!」

川端会長の声に小さくうなずく。
一番信頼を置いてる人からの、"コレでいいんだ"と思える言葉が試合中一番安心することは僕も知っている。

この試合、五十嵐選手は尻上がりによくなっていった。


試合を観てくれた人の明日の糧になりたい

準決勝を観た僕は、それまでスパーリングを見て持っていた彼の印象とギャップを感じた。

五十嵐春輝選手は、アマ上がりらしい精度の高いカウンターが持ち味の”技巧派”な部分と、打ち合いにも一歩も退かない、体力と気力のすべてをぶつける”激闘型”な部分の両面を持ち合わせる、4回戦ボクサーの中ではかなり完成度が高いボクサー。
だからこそ、きっと新人王くらいは軽く獲るだろうと思ったのだ。

だが、試合では僕が5:5くらいに感じていた技巧派と激闘型のバランスが3:7か2:8といったくらい、激闘型にだいぶ偏ったボクサーに見えた。


僕の感想を伝えると、ひとつ面白いエピソードを話してくれた。

「新人王準決勝くらいから『この1試合で引退になってもいい』って思うようになって。それも、そう思うようになったきっかけがあって」

彼は自分の頭を指差しながら話を続けた。

「いつも試合前にこのモジャモジャにしてくれる美容室があるんですけど、そこの美容師さんがバンドもやっててライブとかも出てて。それでいつも色んな話をしてくれるんですけど、『40半ばとかになってくるといつ身体とかが壊れてもおかしくないから、毎ライブでもう解散になってもいいくらい全力でやってんだよね』って話がスゴイ腑に落ちたんですよね」

「殴り合ってるスポーツしてて、僕もいつ再起不能になってもおかしくないなっていう考えになれた。それもあって、だったら悔いのない闘いをしようって、僕の中でやってよかったって思える試合を毎試合しようって思うようになった」

僕が感じた違和感にも近いギャップに対して、十分すぎる答えだった。そして、それに対する彼のリングでのパフォーマンスは説得力もあった。
心ではそう思って、口ではそう言っても、それをリングの上で体現することの難しさを、僕は先日の自分のラストファイトでも味わったばかりだ。

「アマチュアやってるから上手くやろうとかじゃなくて、下手って思われても全然いいから泥臭くじゃないけど、後悔しないようにって」

称号としての目標はない彼にも、プロボクサーとしての明確な目標がある。

「僕からチケットを買ってくれた人や僕を目的にした人じゃなくても、僕の試合を観てくれた人の明日の糧になりたい。チェックしてなかったけど、アイツのボクシングよかったよなとか、アイツ頑張ってたしオレも頑張れる気がするとか思ってくれたら。そういうプロボクサーになりたい」

僕の好きなONE OK ROCKのボーカルtakaがライブのMCで、『俺らがみんなに与える影響なんてのはこれっぽっちしかないんです。俺はそうあるべきだと思うし、そうあってほしいと思ってる』と話していた。

プロボクサー五十嵐春輝が自分の試合を観てくれた人に与える影響も、その人の人生を変えるほど大層なものではないのかもしれない。でも、それでいいんだ。ひとりでも『明日からオレもがんばろう』とそう思った人がいれば、それだけでいい。


全日本新人王決定戦では「敢闘賞」を狙う

東日本新人王決勝戦では、「技能賞」を受賞した。

「公言してたんですよ。それこそ発表会見のときとか、今の目標はって聞かれて『技能賞を獲りたい』って」

そう言って顔をクシャッとさせて白い歯をみせる。

「注目度が重量級にいってたから、MVPは狙えないなって。あと僕の中では、MVPより技能賞の方がカッケェなって。なんていうか、獲ってないんでアレですけど、MVPって誰でも獲れるっていうか…1RKOとか爆発力があれば。でも技能賞は、試合内容のレベルの高さとかから選ばれる気がして、技能賞獲りたいって」

ただのあまのじゃくな発言ではない、彼のボクサーとしてのプライドを感じた。

「で、全日本では敢闘賞が獲りたいです」

またその一見ひねくれた発言に、理由が聞きたくなった。

「全日本獲るために死ぬ気で練習するんですけど、それをぜんぶぶつける。そのぜんぶぶつけてる姿を見せれば、敢闘賞が獲れるかなって」

つまり、気持ちを出し切った、いや、気持ちだけじゃない、心技体すべてを出し切ったということを評価されたいのだ。


全日本新人王決定戦の相手は、佐野遥渉(平石)。西軍MVPを獲った新進気鋭の19歳だ。

東軍技能賞VS西軍MVPの一戦は、全階級注目度No.1といっても過言ではない。勝利して内容次第では、MVP受賞も十分あり得る。

五十嵐春輝は、全日本新人王決定戦で彼が望む敢闘賞を受賞することはできるのだろうか。もちろん、三賞の受賞は試合に勝って全日本新人王になることが大前提であり、彼自身もそれをしっかり自覚していた。


彼の話を聞いて、6年前、自分の時を思い出してみた。
いずれも接戦が多かったが、20人が出場したスーパーフェザー級東日本新人王を制して人生で初めて冠をとった僕は、自信を持ち始めていた。

半年間の間に4試合も勝ち続けた勢い、その短い試合間隔も相まって、次の試合も負ける気がしなかった。

試合3週間前に右ひざを痛めて、試合4日前に痛み止めのブロック注射を打つまで練習もできなかったのだが、不思議と負けるイメージは湧かなかった。

だが、それは相手も同じ。
たまたま僕は勝った側だからそう言えているだけで、一年間勝ち続けて勢いがあり、負ける気がしない同士の闘いになるのが全日本新人王決定戦だ。


僕がこれまで生きてきた31年間の人生の中で、「一番嬉しかった日」を挙げろと言われたら、僕は2016年12月23日、スーパーフェザー級全日本新人王と全日本新人王敢闘賞を獲得した日を挙げる。

もちろん、自分が手にした称号が嬉しいんだけど、それだけじゃない。

心技体すべてを出し切って全日本新人王を掴み、それを「敢闘賞」という形で評価してもらえたことが嬉しかった。


僕はこの日、彼から次戦のチケットを買った。
はたしてどんな未来が待っているのだろうか。
Winner takes all.
天国と地獄。
ボクシングは本当にその一戦、その結果で、未来が全然違う。

試合が終わったらまたご飯にいこう、と話して別れた。
その日まで、彼の好きなバンド「ずっと真夜中でいいのに。」を聴き込んで、次回は彼と音楽や服、コーヒーについて、もっとサブカルトークがしたい。

その日を楽しみにしながら、僕は彼の新人王戦の結末を観に行こうと思う。

彼の試合、生き様を観て、僕の人生の明日の糧にするつもりだ。

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